星の瞬き
私は大海の抱える絶望を、理解していなかったのかもしれない。そしてそのことは、レイニー・ダークや菅谷祐善に関しても言える。最愛を亡くしても生き続ける苦悩。私はずるをしたから。聖を、禁じ手で取り戻したから。あの時、レイニーから浴びた罵声を今でも憶えている。
磨理を亡くした大海は、どれだけ泣いただろう。喚いたかもしれない。狂乱に至るまで、恐らくそう長く時間はかからなかった。縁側に端座し、私は天の高い灰色を挑むような目線で見据えていた。気配に気づけば、由宇が隣に腰を下ろしている。
「大海さんのことをお考えですか」
「はい。……ご存じとは思いますが、私は以前、一度、……亡くなった聖さんを蘇生させました」
「存じております。呪術の世界でも、随分と話題になったものです。ことさんをコトノハ遣いではなく、術師としてスカウトしようとする者も少なくはありませんでした。うちの父や伊勢殿が窘めて、実行はしなかったようですが」
「喪えなかったんです」
「解りますよ」
「けれど相応の報いもありました」
「そうでしょう」
由宇の静かな横顔を眺める。きっと彼もまた、奈苗を喪えば、私と同じように取り返そうとするに違いない。当たり前のように、軽々と禁忌を犯して。釣忍の歌に、柱時計の音が加わる。午前十時だ。
「お茶菓子を持って来ます」
私は立ち上がり、台所に向かう。冷蔵庫で冷えていた緑茶と、ピーナツ入りの甘く優しい味の煎餅を持って縁側に戻る。由宇は青と緑の斜線が入った硝子に入った緑茶を、雅な仕草で飲んだ。
「こと呪術に関して、周囲は奈苗より僕が秀でていると考えています」
「違うのですか」
「人形を使わせれば、奈苗の右に出る者はいません。行使する条件が限られている為、難易度の高い呪術ですが、翻せばそれは、条件さえ満たせば恐るべき効能を発揮するということなのですよ。僕が奈苗に関して安心しているのは、その呪術の行使において、奈苗は安全圏にいることになるからです。もちろん、術が破られた時の反動の危険性は考慮しなければなりませんが」
私は、カリ、と煎餅を噛んだ。
「由宇さんは前線に出るお積りですね」
「僕の得手とする鞭は、前線向きです。虚弱ではありますが、それなりに体術の心得もあります」
「大海さんをどう思われますか」
由宇がきょと、とした瞳で小首を傾げる。
「どう、とは?」
「人間性、能力など……」
由宇の目に憐憫の光が灯る。
「最愛を亡くした人に、何とかける言葉があるでしょう? 僕は彼を嗤えない。いや、この世の誰にも大海さんを嗤う権利はないでしょう。あの人の悲嘆は、畢竟、誰にも救うことは出来ますまい。どんな術師であろうとも」
紗雪が初めて大海に訓練を施し、数日が経った。あれからも紗雪は大海に自身の為す種々の呪術をかけたが、大海はそれらを打ち破り、それが不可能な時には掻い潜って徹底的に避けた。紗雪が椎名に、あれは訓練の必要がないとの結論を伝えるまで長くは掛からなかった。今日も大海は紗雪に背を向け、悠然とした足取りで円筒状の部屋から出た。自分に宛がわれた部屋までの道のりは勘で憶えた。戻ると、心配そうな顔の磨理がベッドに腰掛けて待っている。そんな彼女の姿を見る為に、紗雪に付き合っていると言っても過言ではなかった。それにしても、やはり紗雪の相手は一筋縄では行かず、訓練後は、疲労困憊している。ベッドにぼふっと倒れ込んだ大海の頭を、磨理は愛おしそうに撫でる。大海はちゃんと、それが見えるような体勢を取っている。一挙手一投足でも見逃せない。大事な人だから。
「音ノ瀬本家に霊場を設えてもらおうと思う」
大海は、寝転がったままで告げる。磨理が問うような視線を向けた。
「君は一度、音ノ瀬ことの前に姿を見せたんだろう? あの家はコトノハ遣いの本家だ。霊場の素地はあると思う」
大海は起き上がり、磨理と視線を合わせた。
「そうすればここにいる必要もない。紗雪の術も大体、解った。逃げよう、磨理。僕と一緒に。ずっと一緒にいる為に」
はるか昔の星の瞬きを、大海は取り返そうとしていた




