お遊戯の時間
大海にコトノハを届ける術はないものか。大海が連れ去られてから、彼からのコトノハを風が知らせたことはない。長老の結界が阻んでいるのか、大海にその積もりがないのか。私は、通り雨が過ぎて気温が下がった外気に縁側より手を伸べ、風に触れるような仕草をする。無論、触れない。しっとりした空気が指に纏わりつくだけ。
「大海さん。聴こえていたなら返事をしてください。今、どこにいますか」
返事を風は運ばない。私のコトノハは虚しく霧散する。長老たちや椎名の接触を待つ時間が惜しい。彼はとても繊細な心の持ち主だ。ゆえに、狂気に堕ちもした。いっそ上賀茂に乗り込むかとも考えるが、恐らく徒労に終わるだろう。長老たちは、私たちに尻尾を掴ませるような下手は打つまい。麒麟の捕らえた敦盛は、無言を貫いていると言う。かと思えば、まるで関係ないことをペラペラ喋り、麒麟たちを困惑させるのだとか。大海の処遇についても語らない。これでは情報として使えない。
「ことさん? どうしたの?」
涼し気なワンピース姿の奈苗が縁側に来た。ワンピースの色はラヴェンダーで、図らずも同じくミントグリーンのワンピース姿である私と色違いのようになっている。私は奈苗に、大海の抱える複雑な事情を話した。磨理のことも、知る限り詳細に。
「磨理さんの魂魄が、ことさんに逢いに来たの?」
「一度だけ、逢いました」
私の横に座った奈苗が、考える表情を見せる。
「それであれば、大海さんにも逢える可能性はある。もし、今、彼から何の音沙汰もないことの裏に、そうした事情があるとすれば納得が行くわ」
「椎名たちが、意図的に磨理さんの魂魄を利用している……?」
「いいえ、恐らく、磨理さんの自由意志でしょう。大海さんが囚われているのは、きっと術師に居心地の良い場所。つまりは霊場のようなところだと思うの。それであれば、磨理さんも姿を現しやすい」
そうなのだろうか。本当にそうなのだとしたら、私は寧ろ大海の為に喜ぶ。彼は魂の底から、磨理の存在を求めていたから。事態がそう簡単ではないことは判っていたが、それは紛れもない私の本音だった。
菅谷邸の一室では敦盛が拘束され、監禁状態にあった。
「いい加減、色々吐いて欲しいんだけど」
麒麟が、銀色の狼を抱き寄せて毛並みを撫でながら、座り込んだ状態で言う。狼は、菅谷祐善の遺した式神・紫具羅である。今は昴が継いで主となっている。その昴は、弟の後ろに、両腕を組んで立っていた。敦盛はぎっちりと縛られた後ろ手を不快そうにしている。
「ほいそうですか、て言うと思うかい」
「思わないけどさあ。呪術による拷問、なんてのも嫌でしょ」
敦盛が双眸を細めた。
「お宅らにそんな度胸があるのかい。人を呪わば穴二つ、だ」
「麒麟。代わるか?」
それまで麒麟に敦盛を一任していた昴が声を掛ける。麒麟が黙って立ち上がり、昴に場所を譲った。紫具羅は、今度は主である昴に寄り添う。
「確かに俺たちは、呪術による拷問を良しとしない。己に引け目があれば、術を行使するにおいて必ず歪みが生じ、それは術師に返る。だから、そっち方面のスペシャリストを呼んでおいた。入ってくれ」
昴の声に従い、入室したのは紫陽花色。
隼太だ。殺風景な室内に、紫陽花が添えられる。隼太はにこやかだった。どこかしら、相対する者を薄ら寒くさせるようなにこやかさだ。敦盛が鳥肌立つ。
「必要な物があればこちらで用意する。音ノ瀬隼太」
「そうだな。じゃあ、よく切れる包丁とナイフをくれ」
昴に言って、隼太は無造作にコルト ガバメントをコートから取り出した。財布でも取り出すような軽やかさだ。見ていた麒麟は、若干、辟易した。この男に拷問を受けるだなんて、敦盛も気の毒だ。無論、止める積もりはない。部屋から出た昴が手にして戻って来た包丁とナイフを受け取り、隼太はますますにこやかになった。満面の笑顔で敦盛に声を掛ける。
「さあ。楽しいお遊戯の時間だ」




