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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
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台風接近中

 今現在、非常時と言うことで、コトノハ薬局は休んでいる。私は特に楓の心のケアに努めた。大人たちの中、平生通りに振舞うまだ未成年の少女の、精神が殺伐としたものにならないよう。不安や苦痛を感じたら、すぐにそれを口に出来るよう。その点では奈苗がよくやってくれた。重音嬢の例もある。大人びた楓は、年上の女性と相性が良いのかもしれない。楓は中学生になった今でも、私の読み聞かせをねだった。私は、彼女が安らぐような、未来に希望が持てるような話を選んで読んだ。それは私の心の療養にもなった。子供は、思いも寄らないところで、大人を助けてくれる。台風が日本列島に接近している予報の傍ら、空は相変わらず真っ青で、蝉は姦しい。私は冷房を入れた客間の縁側で、楓に読み聞かせをしていた。外は一歩出れば猛暑で、不要不急の外出を控えるようラジオでも言っている。うちの住人たちも、今日など全員が家に籠っている。こうなると、各部屋に空調設備があって良かったと思う。今回のような事態に備えてのことでもあったのだろう、音ノ瀬本家は地下牢を除き、各所に空調設備が行き届いている。菅谷邸程ではないが、贅沢な話ではあった。

 今日、楓への読み聞かせに選んだのは絵本の『ペンキや』。梨木香歩の文章は現実を見ながらも優しく実徳で、心に沁みる。楓も好む作家だ。絵本だからと侮るなかれ。人生の、深奥が見事に描かれている。私は正座して、楓はその隣に体操座りをして、私の肩に頭をつけて静かに語りを聴いている。

「愛情だね」

 読み終わった後、楓が言ったまさにその言葉こそが真実だった。物語の核心を突いている。私は彼女の髪を手で梳くと、立ち上がり、台所から冷えた緑茶と水羊羹を持って来た。インクブルーの茶器は、今のような時節には重宝する。飲み、食べる楓を頭から爪の先まで眺めて、翳りや憂いがないかを確認した。無理をして、抱え込む可能性とてあるのだ。幸いにも楓の表情は落ち着き、充足している様子が窺える。楓が目を擦る。

「眠いですか?」

「少し……」

「寝て良いですよ」

 甘やかす声音で言う。楓の、こくりと頷いた頭を撫でてガーゼケットを持って来て、彼女に膝枕してガーゼケット越しに、一定の速度で、緩やかに柔らかくその身を叩いた。ごく小さな声で子守歌を歌う。眠りに落ちた楓の、白い頬にくっついた髪の毛の数本を避ける。なぜこんなに愛おしいのだろうと思いながら、私は楓の寝顔を飽かず見つめていた。


 磨理が大海を慰め、大海が大人しく虜となったままでいることは、実は椎名の計算によるものではなかった。クッキーと牛乳を摂りながら、大海の様子を観察する。大海のいる部屋は呪力で作った特別性で、マジックミラーのように術者に内部を伝えた。八畳の和室に座り、まあラッキーだったと椎名は考える。この分だと、大海を懐柔してこちらの兵士として使うことも可能になるかもしれない。

「ねえ。敦盛どうするの」

 同じ部屋でゲームに興じていた耀が、心配しているのかいまいち掴み辛い声を上げた。目は画面から動いていない。椎名は肩を竦めた。

「どうもこうも。菅谷に囚われちゃ動けないよ」

「助けに行けば?」

「無理言うなよ。菅谷だぜ? 虎の口に頭差し出すようなものだって」

 耀が画面から視線を移動させた。耀は情が濃く仲間意識が強い。ドライな椎名の思考を責める色がその目にあった。勿体ない、と椎名は思う。余計な情などなければ、耀は優れた術師なのに。術師が情に振り回されて、幸福であった例はない。

「あんたが行かないなら私が行く」

 椎名が眉をひそめる。良くない兆候だ。

小栗(おぐり)()(ゆき)も一緒なら良いでしょう」

「良くはないね。耀の私情で、俺の貴重な仲間を損なわないでよ」

「損なうと決めつけるの」

「うん」

「何で」

「〝菅谷だから〟。九倉の本家でも、伊勢の本家でも、俺は反対したよ。誤解しないで欲しいけど、これは日和見じゃない。単なる戦力的分析だ」

 耀が苛立つような舌打ちをして、椎名に近寄ると持っていた牛乳入りのコップを奪い取り、中身を飲み干した。ああー、と椎名は嘆きの声を上げたが、内心では安堵していた。耀が、自分の言い分を呑んで暴走を思い留まると判ったからである。



『ペンキや』理論社・梨木香歩(著)・出久根育(絵)

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