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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
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雨混じり夢混じり

 個々の夢で狙い定めた奇襲を掛けられるのは厄介だ。何か打つ手はないかと麒麟に電話で尋ねたが、返って来たのは麒麟クラスの術者でないと難しいと言う応えだった。


『九倉兄妹にも頼りなよ。俺に劣らない呪術のスペシャリストだ』

「そうします」


 受話器を置いて、客間に戻る。外を眺めれば今にも泣きだしそうな曇天で、遠雷の音が聴こえる。洗濯物は念の為にともう取り込んである。座卓には由宇と奈苗、そして聖の姿。撫子は芳江の傍を離れない。きっと、当分、それは続くだろう。私は腰を下ろした。釣忍の音が、何かの警鐘じみて聴こえる。風が強いのだ。その癖、高温多湿なので、冷房は朝からすぐに入れてある。昨夜の、芳江の一件は、由宇にも奈苗にも知れるところとなっていた。

「お二人は、人の夢に干渉することが出来ますか」

 奈苗がちらりと、横に座る兄を見る。由宇は変わらぬ面で答える。

「出来ます。麒麟さんと同様に、夢を見張ることも可能ですが、プライバシーの侵害にもなり得ます」

「奈苗さんも?」

「はい。私も、兄には劣りますが相応に術師としての自負がありますので」

「頼もしいですね。それでは、うちの住人の警備をお願い出来るでしょうか」

 兄妹はこれを二つ返事で承諾した。奈苗は、私が貸したパフスリーブの麻の白いブラウスに、紺色のサーキュラースカートを穿いて、可憐な容貌が明瞭だ。由宇に貸した父の青い単衣も、彼に落ち着いた貫禄を与えている。似合いの一対と思うのだが、こればかりは簡単に通る話ではない。

「お二人も、筒封じをなさいますか?」

「奈苗には青竹を用意させます。僕には不要です」

「と、言うと」

夢違誦(ゆめちがえ)文歌(じゅもんか)を使います。夢の空間内に相手を足止めして、夢そのものを固形化します。言わば、筒封じの応用です」

 夢違誦文歌とは、呪術師として大家であった吉備真備(きびのまきび)考案の歌である。普通は悪夢が現実にならないよう、夢を吉に変える呪法だ。それの応用とは、麒麟にも思い至らなかったことに違いない。由宇の術師としての器の程が察せられる。仄かな希望も抱いた。この大器を、兄妹の父は手放せまい。例え二人の関係が露見したとして、由宇を後継から外すとは考えにくい。由宇もまた、それを承知しているのだろう。そもそも、ここまでの呪術を会得する動機になっていた可能性すら考えられる。雨が降り始めた。私は、由宇と奈苗を部屋に帰らせて、しばらく聖と二人で雑談した。張り詰めた糸を緩めるには、必要な時間だったのだ。


 大海は白い部屋のベッドに腰掛けていた。

 一日の大半をそのようにして過ごしている。食事は摂るようになった。案外と美味だ。磨理と逢えるお蔭かもしれない。磨理は多くを語らない。けれど大海にとって、その姿を見られるだけで、砂漠の旅人がオアシスを見出した時に似た心地になれた。触れられなくても幸せだった。

「ずっと、君と一緒にいたいよ」

 磨理が儚く笑む。

 それで大海は、その望みが叶わないものだと察した。手を伸ばす。磨理の身体をすり抜ける。

「……君がマリーなら?」

『貴方はマルクス』

「磨理、戻って来て。僕には君が必要だ」

 磨理は悲しそうにかぶりを振る。大海の胸に言い様のない悲しみと焦燥が湧いた。

「どうして?」

 大海が透明な涙を流す。純度の高い塩水だ。

「君が戻ってくれるなら、僕は僕を虜にしている連中に這いつくばって頭を下げたって構わないのに」

 そんなことはしないで、と磨理は言った。

 そして姿が消える。

 いつも、磨理はすぐに現れ、消える。泡沫のようだ。大海は、磨理が現れると天国に昇る気持ちになり、消えると地獄に突き落とされる気持ちになる。


「磨理、磨理、磨理、磨理。君と共にいられるのなら、僕は何だって壊して見せるし、何だって直して見せるのに」






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