花露
両親を弔う、一族を挙げての正式な葬儀はまだ行わない。
失踪の申し立てには普通失踪と危難失踪の二種類があり、私たちは普通失踪の申し立ての手続きを行っていたから、死亡したとされるには七年間掛かり、裁判所から失踪宣告を受けるまでにあと約二年の歳月が経つのを待つことになる。
私はその前に聖と二人で、ふるさとの古寺を訪れた。
未包装の菊花繚乱を手に。
雪は降るまいと思われる突き抜けた蒼穹だった。
紳士の礼装のような私の着こなしにつき合うように、後ろを歩む聖も、畏まった着物姿だ。
灰色地の大島紬にコートと言うよりは黒い大正風の外套を羽織り。
私は桔梗色のカシミアのストールを巻き直し、古寺の境内に立った。
寺と言うものの、実はふるさとには墓が無い。
死んだ一族の魂が、この地に帰って眠ると言い伝えられているだけだ。
この茫漠として樹木や野花が生え、川の流れる境内に。
境内と言っても、その「境」を誰も知らない。
人と人の境は、どうであろうか。
明確な花束の置き場所を知らない私は、目についた桜の樹の根元に菊花を供えた。
母であればここを好むのではないかと思えたからだ。
「聖さん。しばらく一人にしてください」
「――――……はい」
私は桜の樹の横に膝を折ってしゃがんだ。
両親は、死んだ。
隼太の証言からも、その裏を取った一族の人間からもその事実は確定された。
〝食事をちゃんと摂りなさいね。こと〟
(お母さん)
〝万一の時もある。そう覚悟していなさい〟
(お父さん)
ごめんなさい。
何年経っても。
きっと一生、私は自分を責め続ける。
隼太との遭遇を早く知らせなかった自分を。
嘘のコトノハを処方して服用させた自分を。
走馬灯のように父母との思い出が蘇る。
決して優しいばかりの人たちではなかった。
孤独や痛みさえ受けた。辛い仕打ちも。
それでも。
(喪いたいとまで思いはしなかった…………一度も……)
彼らが帰る日を常に切望していた。
(私は後悔と慚愧の念を、生涯、抱いてゆくのだ)
桔梗色のストールの端が垂れて、黄色い菊に触れている。
詫びるように。
変わらぬ想い。
『こと』
信じられない声に呼ばれて顔を上げると、そこには母が立っていた。
五年前、家を出た時と同じ格好で。
隣には父もいる。服装は母と同様。
生き人でないことはすぐに知れた。俗から離れ透き通った様だ。
彼らは多くを語らなかった。
『こと。もう十分だ』
父の声に母が頷き、風が吹くと、もう二人はどこにもいなかった。
〝もう十分だ〟
もう――――――――。
眉を歪め、瞠目した私は天を仰いだ。目に満ちる水をこぼさぬように。
それは口下手な父の、赦しのコトノハ。
――――最期に、娘の為に処方したのだ。
遺された私の将来を後ろ向きに縛らぬように。
「……………」
私は額を左手で覆い目を閉じた。
肩が震える。桔梗色が震える。
喉の奥から熱い呼気が湧く。
そうして、随分と長い時間、菊花の上にだけ、熱い雫の雨が降った。




