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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
768/817

 戦闘術とは精神の強さが大きく関与する。それは、コトノハの処方にしろ呪術にしろ体術にしろ通じて言えることだ。蝶野芳江はその、肝要なものに恵まれていた。彼は天与の精神面における強靭さと明るさを持ち合わせていた。

 ゆえに、夢の中で大切な人たちの躯を、赤黒い世界を見ても、動揺は一瞬で、すぐに気持ちを立て直した。

〝これは只の夢ではない〟

 何者かの悪意が作用している。芳江は滅多に人を嫌悪しないが、撫子やことの死骸を見せた相手に対しては、唾棄すべき強い気持ちを抱いた。右手を宙に伸ばす。

「鉄杖。来い」

 本来であれば空間転移に、こうしたコトノハは不要である。しかし、今、相手の術中であろうこの空間内において、芳江は警戒した。右掌にずしりと冷たい感触。左手に持ち替え、また右手に。そうして両手でくるくると鉄杖を回転させる。

「凄いねえ、君」

 パン、パン、パン、と、乾いた拍手の音。間延びした声には余裕が感じられる。くたびれた中年男性に見える。束になっても芳江に勝てそうにない。見えるだけの擬態だ。その男の実力を、芳江は信じて疑わない。

「個別の夢に狙い打ちか」

「うん。察しも良い」

「……撫子やこと様にもこれをやったんか?」

「いいや。僕が会うのは、君が初めてだ」

「せやったらええ」

「ふうん?」

「――――楽に殺したる」

「おや」


 最初の一閃。


 男の頬を掠めて血が飛ぶ。僅かな量だ。即ち的中ではない。芳江の鉄杖の初手をかわすだけの力を男が有することを意味する。

「長老派か」

「椎名君推しだよ。僕は(あつ)(もり)。よろしく」

「敦盛? 名前負けやな」

「そう言わない。これでも椎名君グループきっての武闘派よ? つまりは呪術は使わないということ。これは、君には朗報なんじゃないかな」

 白刃を抜きながら言う台詞ではない、と芳江は思う。敦盛の言い分を信じるのであれば、この悪夢の世界を作り上げた術者は、彼とは別にいると言うことになる。どうでも良いかと思考を投げる。敦盛を、まずは殺せば良い。凍るような煮え滾るような激情が芳江を支配する。彼は激怒していた。

「俺は普段、鉄杖は使わへん」

「何で?」


 芳江の、華やぐ美貌は微動もしない。


「殺してまうから」


 芳江は、もっと年少の頃、音ノ瀬系列でもきっての武闘派だった。特に撫子に危機が及ぶような場面では、相手を鉄杖で瀕死の状態にした。そんな芳江を心配して、撫子は自分で自分を守れるよう、鍛えた。

「昔、俺は血塗れ虎徹、言われててん」

「それは怖い」

 やんわりした声調と表情で、敦盛は戦闘剣舞を披露した。その、ことごとく、芳江が鉄杖で防ぎ、反撃に出る。凄まじい打ち合いとなった。芳江が醒めた頭の片隅で判断したのは、敦盛の高い戦闘能力だった。鉄杖は重く固い。それに負けない刃を繰り出す。刃こぼれもしない。呪術で刀身を補強しているにせよ、見上げた腕前だった。

 ざあ、と敦盛が退き、芳江の鉄杖の間合いから出る。

「別嬪さんなのに、強いこった」

「あんた、死ぬ理由を増やしたで」

 芳江が鉄杖で殺到する。押して押して押す。敦盛はひたすら受け流す。だが、芳江も無傷ではいない。細かい傷を受けている。互いに致命傷を負わないあたり、両者の戦闘能力が伯仲していることを物語っていた。そして均衡はいずれ破れる。


 敦盛の刃が芳江の右腕を裂いた。

 真っ赤な鮮血は、芳江の足元に転がる幻の躯の流すそれに近い。鉄杖は死んでも離さない。今度は芳江が敦盛の刀剣の間合いから逸れた。長い睫毛が縁取る目ばかりはぎらぎらとして、美しい野生の獣のようだ。敦盛が軽く口笛を吹いた。油断ではない。芳江相手に油断すれば死が待つ、と敦盛も判っている。殺すか殺されるかの極致で気の緩みは最も忌むべきものだった。


 芳江に瞬息で迫り、白刃を振りかざした時。敦盛の鋭敏な感覚は、空間の歪みを捉えた。それは、あってはならないことだった。日本でも、有数の術者ででもなければ、そんなことは不可能だ。

 流れたのは、生成り色に近い白髪だった。


「夢を張ってたけど。知らんおっさんが釣れたね」


 麒麟は、空間内を見渡し、面白くもなさそうな顔だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] そうでしたか、だから撫子はあんなに逞しく……いやいや、麒麟どうやって!?
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