耳かき
私はかささぎを膝枕に耳掃除をしていた。硝子戸を閉め切り、冷房を効かせた縁側である。陽射しは燦々と降り注ぐので、光は暑い。空気は涼しいので良しとする。それに、今の私たちに、日光に類するものは必要だった。
「……姉さん。やっぱりちょっと恥ずかしいんだけど」
「良いから良いから。姉が弟の耳かきして、何がおかしいことありますか」
「いや~。もう俺もいい年だし。図体でかいし」
「……気持ち良くないですか?」
「極楽」
ふ、と私は笑う。耳かきの頭には小さいこけしの顔がついている。
「それなら何よりです」
聖や楓だけでなく、かささぎもちゃんと構ってやらなくては。彼は布帛の仇である隼太の滞在を受け容れている。心、堪えるものがあるだろう。
「……俺、さ。こう言うの、あんま慣れてなくて。子供の頃に、母さんにしてもらった記憶があるくらいで」
「辛かったですね」
「今は幸せ。姉さんがいてくれるから。義兄さんも楓ちゃんも優しいよね。俺を家族として迎え入れてくれてる。それは、きっと姉さんが俺を大切にしてくれるからだ」
「大切ですよ。大切な、たった一人の弟です」
かささぎはしばらく黙った。ぎこちない沈黙ではなく、優しいお湯に似た沈黙だった。
「俺も姉さんが大切。守るから。姉さんも、姉さんの家族も仲間も」
深海に潜るような心地がする。かささぎは独りの時間が長かった。独りで暮らし、食べ物を食べ、眠り。それは寂しいことだっただろう。今は大家族に放り込まれているようなものだ。そんな中、彼の顔が少しずつ温和になって来ていることに、私は気づいていた。耳掃除を終えて、耳かきを横に置くと、膝の上にあるかささぎの頭をふわりと抱き締める。
「ね、姉さん?」
「はい、大好きですよ」
「ずるいよ。そんなこと言われて、こんなことされたら、俺は音ノ瀬隼太への殺意を忘れてしまいそうだ。布帛は大事な友達だったのに。姉さん、解ってやってるでしょう」
「いえ、全く。……かささぎさんはご存じないでしょうが、私の子供時代も、それなりに孤独なものでした。温かな家庭、ではなかった。父も母も抱えるものがあり、それぞれが自分のことで手一杯だったのです。あの頃、かささぎさんが私の傍にいてくれたなら、きっと私は、もっと生きやすかった」
「……父さんはろくでなしだったから」
「そうですね。でも、貴方を遺してくれた」
「俺なんかで良いの。弟が」
「かささぎさんで良かったと思っています」
私が上体を起こすと、かささぎが顔に両拳をつけた。
「俺さ。俺、嫉妬してた。本当は。姉さんには義兄さんがいて、楓ちゃんがいる。だから、どう足掻いても俺は良くて三番目だって」
「聖さんや楓さんへの想いと、かささぎさんへの想いを比べることは出来ません。――――けれどもし、聖さんや楓さんがいなくなったとして。私はかささぎさんがいるから、きっと絶望に堕ちてしまうことはないでしょう。そんな答えではご不満でしょうか」
「……俺、まともな恋愛出来るのかな」
その意図するところを察した私は笑んだ。
「可愛いお嫁さんを紹介してください。かささぎさんなら出来ますよ。忘れないでくださいね。貴方がどれだけ私の救いになっているか。本当は弱虫の私の、心を守ってくれているか」
かささぎがガバリと起き上がった。私に視線を合わせる。ひたむきで、真摯な。
「忘れないよ。誓うから。俺は、音ノ瀬家当主、音ノ瀬ことの弟として恥じない生き方をする。幸せになって、姉さんを安心させる」
胸に満ちて溢れるものがある。思えば愛おしい命を、私はたくさん抱え込んでいる。それら全てが唯一であり、掛け替えのない宝だ。
「かささぎさん。由宇さんの友人になって差し上げてはもらえないでしょうか」
「九倉君?」
「はい。高い術力に反して、いえ、比例して、孤高の人です」
「良いよ。姉さんが言うなら。それに、姉さんに頼りにしてもらうの、嬉しいしね」
私は、可愛い弟の癖っ毛の頭をわしゃわしゃ掻き回した。命と命があり、心と心があり、人は生きている。重荷を背負う由宇を、根は朗らかで優しい気性のかささぎが、慰撫してくれることを私は望んだ。それから私たちは、やはり縁側の陽射しに耐え切れず、客間の座卓のほうへと移り、冷たいカルピスを飲んで咽喉を潤したのだった。




