数の論理
「あんた、かたたとらコーポレーションでしょう。手出ししないでくれる」
「社長命令だ。音ノ瀬を助けろと。お蔭で超過勤務だよ。宮仕えの辛いところだな」
耀は担ごうとしていた大海の身体を地面に置いて、アーサーに構えた。金糸が鋭い鞭のようにしなり、耀を襲う。
「ひふみよいむなや こともちろらね しきるゆゐつ わぬそをたはくめか うおゑにさりへて のますあせえほれけ」
耀がすかさず言い放ったのは、古神道系の祓いの言霊である。金糸が力なく地面に垂れる。
瞬間、アーサーは耀の懐に近接して拳を繰り出していた。当たった一撃は耀の華奢な身体を木の葉のように舞わせる。しかし、アーサー本来の勢いは、耀が後退した分、削がれていた。
「野蛮ね」
「戦争を野蛮と言うのかい。解り切ったことじゃないか」
何を今更、とアーサーが嘲笑する。
けほ、と軽く耀が咳き込む。アーサーによる拳のダメージは小さくない。呼吸を整え、鎮めなくては。呪術の効果に関わる。アーサーが再び金糸を操る。それは籠のように耀を包んだ。今度は呪言も間に合わなかった。そのまま金糸に力を籠める。圧縮させ、潰そうとしたところで、殺気を感じて金糸を操る意識が鈍る。
浅黒い肌。紫のメッシュ。黙して佇む男。
「椎名、かな?」
「ご名答。うちの大事な戦力を潰されては困るんだよね」
椎名が右手をすい、と動かすと、金糸の籠は弾け飛んだ。中から耀が出て来る。
「遅い」
「ごめん、ごめん」
「埋め合わせは?」
「マスタードーナツで」
「三個ね」
「はいはい」
呑気にも見える遣り取りに、二人の信頼関係が窺える。今日に限って一色とは別行動だったことを、アーサーは後悔していた。椎名は、遣い手だ。呪術も体術も一線級だろう。耀と同時に相手取れる人間ではなかった。ちら、と倒れた大海を見る。大海が万全の状態であれば共闘もあり得た。しかし、今は無理だ。精神的にも、恐らく混濁している。荷が重い、と胸中で愚痴を零して、アーサーは駆けた。リベレーターがあれば戦況は違っただろうが、今はメンテナンス中だ。金糸を操る。二人以上相手の場合、この戦法は有効ではあった。
だが。
「返し奉る」
椎名の一言で、金糸が緩む。呪言は物理的にも可能なのかと思いながら、回し蹴りを放つ。当たり所によっては骨も折れる威力だ。だが椎名はとん、と横に跳んであっさり避け、耀がアーサーの背後から肘を突き出す。アーサーは避ける代わりに耀の腕を絡め取り、鼻骨を掌底で陥没させようと狙ったが、椎名の蹴りに邪魔された。やはり人数の差は大きい。
「神火清明、神水清明、神風清明」
椎名が秘呪を唱えると、アーサーの身体ががくりと重くなった。邪気祓いの秘呪を対峙する相手に効くようアレンジしてある。身体が動けないアーサーを一瞥して、椎名は耀に行くよ、と告げると、大海を担ぎ上げて立ち去った。
彼らの姿が見えなくなったあたりで、蝉の声が聴こえ出す。アーサーの身体は汗が滲み出ていた。これから彼は、音ノ瀬家に出向き、したくもない報告をしなければならない。自尊心の高いアーサーにとって、それは屈辱的なことだった。




