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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第二章
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素養の有無

 かなでは、台所と客間に集う皆を見て、目を丸くした。

「また大所帯になってんなあ」

 朝食後、まだそれぞれの部屋に引っ込んだりしていないので、今、うちに住む全員が揃っている。確かに定員オーバーな感はある。青い午前中だった。空が高く透き通り、遠くに入道雲が見える夏の空だ。かなでは勝手に冷蔵庫や水屋、戸棚をゴソゴソ漁っている。また酒の肴目当てか。やれやれ。

「かなでさん。朝ご飯でも食べなさい。後で肴も出してあげますから」

「やったぜ」

 周囲からは、甘い、と言う視線を向けられた。

 絹厚揚げに擦り下ろした生姜を乗せ、醤油をかけた物と白いご飯を置く。味噌汁はなめこと豆腐。がつがつ食べている。お腹が空いていたのだろうか。彼女の住むアパートは腐海もかくやと言った風で、食べ物のかすや空き袋が散乱している。余り衛生的ではない住居で、刀だけは手入れが行き届いているのは流石だと思う。

「あ、師匠! 花赦し、使っただろ!」

 頬に米粒をつけたかなでが、があっ、と喚く。劉鳴殿はやれやれと言った表情だ。

「相変わらず、剣気を察するところは常人離れしていますね」

「ち、あたしもいたかったぜ」

 かなでがこう言うのには理由がある。天響奥の韻流の宗主を継ぐことが出来るのは、奥義である花赦しを使える者だけ。かなでには花赦しは使えない。だから彼女は宗主たり得なかった。恭司を私が後継に選んだのも、彼が花赦しを使える素養があると見て取ったからだ。今でも、かなでは諦めていない。宗主になりたいと言うよりは、自分に使いこなせない技があるのが口惜しいらしい。味噌汁を飲み、お代わりをして、首をひねり、花赦しを使うコツなどを劉鳴殿から探り出そうとしている。恐らく徒労に終わるだろう。花赦しは対象物の骨や斬るに障害となる箇所をすべからく避け、肉を花びらのように切り刻む技だ。天性の勘が必要で、かなでには残念ながらそれがない。花赦しを使う素養に恵まれなかった。劉鳴殿も解っているのだろう。かなでに訊かれることには全て答えてやりながら、しかし赤い目には諦観の念がある。剣に身命を捧げているかなでに、真実を言うのは忍びないのだろう。そうこうする内に、ギャラリーはいつの間にか減って、台所に残るのは私とかなで、劉鳴殿と聖だけになった。


 大海は宛がわれた部屋でぼう、としていた。食後、のんびりしていたら騒々しい女が来た。ことはよくその相手をしている。自分なら無理だ。障子の向こうから射し込む光に埃がちらちら舞っている。畳の上には四角いシンプルな目覚まし時計が置かれているが、ここに来て使ったことは一度もない。早く帰りたいな、と思う。どこへ。花屋敷。いや、花屋敷はもうなかった気がする。どこでも良い。磨理と隼太と一緒なら。そう言えば、今日はまだ磨理の顔を見ていない。途端に大海はソワソワする。彼女の顔を見ないと落ち着かない。言葉遊びをして、一緒にお茶を飲んで。彼女の笑顔を眺める。隼太は腕白だから、話に割って入るかもしれない。あの子も磨理が大好きなのだ。大海はここで小首を傾げる。どうして自分はこんなところにいるのだったか。ここでは磨理が来られないではないか。磨理を捜しに行かなくては。けれど、隼太からしばらく外出を控えろと言われている。不当だ。磨理。逢いたい。

 磨理と結婚してから大海は呪術の研究もした。磨理には術師の素養が全くなかった。素養とは残酷だ。台所に乱入した女も、剣術の、究極的な素養に欠けるのだろう。呪術書を読む大海の肩に、磨理は手を置いて言った。貴方がそんなことを知る必要はないのだと。しかし大海は、磨理に関することなら何でも知っておきたかった。結果として、並みの術師以上の呪術を扱えることになったのは、何かの皮肉であったのだろうか。



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