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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第二章
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世界の終わりを告げる鐘

 髪をまとめずさらりと背に流し、縁側に座す。釣忍が夏の風を伝える。横に奈苗が座った。私が貸した浴衣を着ている。奈苗はそのまま、私の肩にこつんと頭を預けてきた。月桃香と彼女の髪の匂いが絡み合う。

「どうされました?」

 甘やかす声音で問い掛ける。

「何でもない。何でもないわ、ことさん。只ね。蜃気楼を追いかけてる気分になるの。時々」

 私は黙って彼女の髪を撫でた。少し波打つ、黒より明るい色。背負うものの大きさも、秘めた心の重さも、私には計り知れない。奈苗はこんなに細い、華奢な身体で、今までを耐え忍んで来たと言うのか。虫のすだく音に、夜更かしの蝉が混じっている。空は晴れていて星がよく見えた。

「聖さんのこと、いつから好きだったの?」

「憶えていません。きっと、物心ついた時からもうずっと」

「素敵ね」

 由宇。

 由宇を今、ここに呼びたいと思った。切実に。

 貴方の大事な人が、貴方を恋うて身を焦がしている。

 けれどそれは禁忌に加担することになろうか。では、禁忌とは?

 人の幸せを阻む禁忌とは、人を害することを戒めることでこそあれ、そうでないものをがんじがらめに縛りつけることではないだろう。

 私は、奈苗の髪を撫で続けた。素直な髪だ。まるで本人の気質のよう。

「奈苗さん」

「なあに」

「どうしようもなくなったら、音ノ瀬を頼りなさい」

「……」

「ふるさとであれば、ご兄妹二人、暮らすことも容易でしょう」

 奈苗が星空を見上げる。澄んだ瞳が思うところは定かではない。

「駄目よ。兄さんと私は、九倉の跡継ぎだもの。放り出すことは出来ない。いずれ兄さんは然るべき名家の娘と結婚する。それは私も同じ。同じで……いなけりゃならないの。何でも殺すわ。この責務を果たす為なら。例えそれが己の心でも」

 遣る瀬無い思いが込み上げる。由宇も奈苗も、何も悪いことをしてはいないと言うのに、まるで二人は罪人のように心の中では項垂れ、下を向いている。

「いざとなれば、私が出雲殿に掛け合いましょう」

「それだけは止めて」

 間髪入れずに奈苗が言った。

「父さんは、まあどうでも良いけど、母さんを悲しませたくないの。優しい人よ。くるくるよく動いて、楽しそうに家事をして、私たち家族の世話を焼くの。世界の終わりを告げる鐘の音を聴かせたいだなんて、誰が思う?」

 私には解らない。奈苗と由宇は、今まさに、世界の終わりを告げる鐘の音を聴いている最中なのではないか。

「伊勢は鮎。出雲は(すずき)ってね」

「え?」

「朝廷への献上品。昔のね。ねえ、ことさん、解る? それだけ、由緒と歴史ある家柄なの。私と兄さんで台無しにする訳には行かないのよ」

「――――すれば良い」

「え」

「台無しにすれば良いではありませんか。昔から人は紆余曲折を経て営みを連綿と続けて来たのです。貴方たちが想いを押し殺さなければ通らない道理など、蹴散らしてやれば良いのです」

「……驚いた。ことさん、結構、過激ね」

「余り聖さんに近寄って欲しくないのも本音ですよ」

「正直ね」

 目を軽く瞠った奈苗が笑い声を上げた。奈苗に語ったことは私の真実だった。彼らが望みを遂げると言うのであれば、いくらでも後押ししようと思う。そしてこんな時ばかりは、自分がそれなりの力を保持していることに感謝するのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりズバリと言ってくれたことさん……! 素敵です!! 真葛の結婚で音ノ瀬連中がああだこうだとのたまってた時もこの方はズバッと言ってくれたものね。 そして、改めてコトノハとは言葉とは人…
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