いつでも
単独行動をなるべく避けるようにと言う、ことの言葉を聴く隼太ではなかった。夏の長い日が暮れようと言う黄昏時、近所を散策する。揺蕩う、紫陽花の色。蝉の声が控え目に聴こえる。遠く山の稜線を見れば、まばゆいばかりの黄金が蕩け入るところだ。薄紫に染まる薄暮に、隼太が何を思うか知れない。隼太の上空を烏が一羽、旋回している。隼太だ。気が付けばいるな、と思いながら隼太は特に構うでもない。緩やかな勾配を降りる彼に、掛かる声があった。
「あのさあ。解りやす過ぎるんだよ」
隼太はにやりと笑んで振り向く。自分よりも上のコンクリートに立つ男。椎名だ。紫のメッシュを弄りながら、口を尖らせている。
「囮には持って来いだろう?」
「あんたは生け捕るのに気乗りしないんだ。殺すほうがまだ楽だ」
「やってみろ」
歌うように隼太が煽ると、椎名が嘆息した。
発声は同時だった。
「黙」
「祝上奉る」
隼太の「黙」のコトノハを、椎名は服用しない。呪術を行使するにおいての、特別な力が作用していると思われた。
複雑な印を切る。
「天切る、地切る、八方切る、天に八違、地に十の文字、秘音、一も十々、二も十々、三も十々、四も十々、五も十々、六も十々、ふっ切って放つ、さんびらり」
四方八方から、隼太に見えない風の刃が殺到する。裂傷が走り、鮮血が吹いた。
「癒」
言いながら椎名との間合いを即座に詰め、回し蹴りを放つ。蹴りは椎名の脇を掠った。椎名が下方から拳を繰り出す。隼太はこれを肘で防いだ。
「魔を払う秘文とは、失礼な奴だ」
「効果あったじゃないか。やっぱりあんたは魔性だね」
隼太が椎名に凄みのある笑みを浮かべて見せる。
「しかしくま、つるせみの、いともれとおる、ありしふゑ、つみひとの、のろいとく」
「呪詛返しの秘言かよ……! コトノハ遣いじゃないのか」
今度は椎名を風の刃が襲った。
「生憎、ハイブリッドでね」
今度こそ、隼太の下段の蹴りが椎名の脚を直撃した。
「防・倒・縛」
「おおっと」
椎名が両掌を前に押し出す仕草をした。
「返し奉る」
コトノハの処方が、〝突き返された〟。
行き場を失った力は霧散する。
「王」
椎名が唱えた。兵難賊難に遭遇した時、書いて唱えると難を逃れることが出来る。書く動作は省略されている。隼太の双肩に重圧が掛かる。先程の椎名への蹴りは効いていた。ここから畳み掛けたいところだったが、椎名の発した術がそれを阻む。呪術とは面倒だ。コトノハとは勝手が違う。その癖、重なる点もあるから更に面倒だ。椎名が、ジーンズの後ろから小刀を無造作に取り出した。抜き放つ。
「言ったろ。殺すほうが楽だって」
明日も開局するかもしれません。




