アリアドネの糸
菅谷邸に出向いた。私と聖、大海と隼太、由宇の顔触れだ。いくつかある内の客間の一つに通される。麒麟と昴が室内の畳に胡坐を掻いている。出された茶を飲んで人心地つく。じりじりと照りつけるような陽射しの中を来たので、冷房の効いた部屋に和む。
「呪術のサンプルを持ち帰ってみて判ったことがある」
開口一番、麒麟が言った。
「長老たちは現身ではないかもしれない」
「どういうことだ」
麒麟が隼太を見る。
「言ったまま。念の塊のような存在じゃないかと思う」
「……消し去ることも或いは可能、と?」
由宇の慎重な問いかけに、麒麟は頷く。
「場合によっては。但し、椎名のほうは現身だろうから、消す、と言う訳には行かないかもね」
「目下、抑えるのは椎名のほうか」
「接触しているのが彼だから、その機会のほうがあるだろう」
「生け捕りに出来るかな」
「したいものだね」
隼太と麒麟の間で物騒な会話が続く。俯いた私に麒麟が尋ねる。
「どうしたの、ことちゃん」
「いえ、もっと穏便なやり方はないものかと。出来れば血が流れないような」
「相手の出方が出方だ。生温い考え方は捨てたほうが良い」
昴が窘める口調で言う。
「お前が日和見に走れば、大事な鬼兎が盗られるぞ」
隼太の低い声は、私に対して何より効果があった。聖を供物にさせはしない。
「では、長老たちを調伏すると」
「やってみようと考えてるよ。機会は彼らが再び夢枕に立った時だ。でも、まずは椎名かな」
私は青磁の湯呑みを手に取る。温かい。この温かさが、彼らにもあるのであれば。
「コトノハは夢の中でも処方可能?」
「普通の夢ではない空間ですから、可能だと思います」
「緊縛のコトノハを」
「解りました」
茶と一緒に供された水羊羹を食べると、す、と冷えて口に嬉しい。
「奈苗ちゃんの具合はどう?」
「だいぶマシになりました。今日は大事を取って休ませています」
「うん、それが良い」
麒麟が由宇の言葉に頷く。
「専守防衛では埒が明かない。こちらからも攻め手を講じるぞ」
「異議はない」
昴に、隼太は同意した。
私は、そんな彼らを、どこかぼう、とした目で眺めていた。
争わずに済む方法はないものだろうか。瑠璃雀たちの件で判ったように、この分だとまた、血が流れる。そうではなく。そうしたことではなく。子守歌を歌うように、椎名たちを包み守るような、そんな抑え方はないのだろうか。三席などは最早、どうでも良い。嫋やかな、しなやかな方法で彼らを包みたい。これは私が女だから思うことだろうか。帰ったら、摩耶や奈苗に話してみよう。甘いと嗤うような真似を彼女たちはしないだろう。私は、細い糸を手繰り迷宮から脱するように、そんなことを考えていた。話し合いを終えて聖たちと帰宅して、夕食の準備に取り掛かる。一通りそれらの作業を終えたら入浴し、奈苗を見舞った。奈苗には、由宇の隣室を宛がっている。熱はもう下がったが、全快までにはまだ少し掛かるだろう。奈苗に今日の話し合いの仔細を伝えると、私も攻めに転じたが良いと思う、と頼もしい言葉を告げる。そんな奈苗を見ながら、私は胸中で語り掛けた。
ねえ、奈苗。
私は解ってしまったよ。貴方が身を焦がす相手が本当は誰であるのか。




