イザナギとイザナミ
縁側に佇む由宇に、聖は声を掛けず隣に座った。由宇も気配は察していたようで驚きもせず、聖に差し出された盃を受け取る。日の長い夏の夕暮れを眺めながら、酌み交わす。
「何も訊かないのですね」
「何をかな」
聖はゆうるりと瞬きした。誤魔化しではなく、由宇の言わんとするところを解っていてのことである。盃の切子細工がきらきら光り、それは由宇の心模様のようでもあった。由宇は盃を干して、じっと微細な光を見つめた。
「ことさんとのご結婚に、躊躇いはなかったのですか」
「なかった。一度は離れたけれど、こと様が僕を求めてくださっていると知った時から、それは自然な僕の願望だったんだ」
「羨ましい」
「出雲の国は、根の国に近い。兄妹神話でも有名だね」
「……」
由宇は謎めいた微笑を浮かべたまま、何も語らない。語らないことこそが、彼の本音であり本心であると、聖は察している。
「辛いね」
「辛いことなど、世に生きていれば数多、ありましょう。僕は自分が特別に可哀そうだとは思わない」
静かだが秘めた芯のある声音だった。聖は、空になった由宇の盃に酒を注ぐ。
「僕は自分を哀れんだことがあった。余りに、醜くて」
「ことさんが悲しみますよ」
「うん。そう思ったから、僕は自己憐憫に浸ることを止めたんだ」
由宇の抱える、朧で、淡くて、しかし確固たる熱を聖は鋭敏に感じ取っている。その上で彼に敬服してもいた。自分を恥じずに毅然としてこうべを上げることの出来る精神は、なまなかなことでは真似出来ない。
私は、奈苗に付き添っていた。だいぶ、体調が良くなってきた彼女は、私の浴衣を着て横になっている。その双眸は天井を向き、何を思うか知れない。
「ことさん」
「何ですか」
「聖さんを頂戴?」
「差し上げられません」
「残念だわ。私、聖さんのことがとっても好きなのに。あの赤い目も、純白の髪も、とても素敵」
奈苗がくすくす忍び笑いを漏らす。奈苗が聖を好いているのは知っているが、発言のどこまでが本気なのかよく解らない。
「……風に当たりたいわ」
「では縁側に行きましょう。蚊に刺されないよう、月桃香も焚きましょうね」
私が柔らかく提案すると、彼女は童女のようにこくりと頷いた。薄い羽織を肩に掛けて、付き添う。縁側には先客がいた。由宇と聖が何やら語らいながら酌み交わしているようだ。何を語らうのか、よく聴こえない。急に奈苗が動いた。聖の首に両腕を絡ませて抱きつく。
「駄目よ、兄さん。私の聖さん、取らないで」
くすくす、また笑いながら戯言めいて由宇にぶつける。由宇の表情は動かない。
「奈苗。はしたないよ。ことさんも見てらっしゃる」
「兄さんがいけないのよ。抜け駆けなんて、しようとするから」
兄さんがいけないの、と繰り返し呟いて、奈苗は一粒の涙を零した。




