ダミー
劉鳴殿の白い三つ編みを掴んでひっぱる。
「あいたたたたた。何するんですか、ことさん」
「抜けないかと」
「そう簡単に抜けてなるものですか」
客間での問答。私は胡麻煎餅をバリバリ食べた。ふう、と溜息を吐く。
「聖さんも師匠のように、術師の素養がなければ良かったんですけどねえ」
「すみませんねえ、剣術莫迦で」
バリボリバリ。緑茶を啜る。
「聖さんは顔も性格も良くてコトノハの素養も術師の素養もあって琴も上手ですから」
「惚気ですか」
胡麻煎餅は、胡麻の香ばしさと醤油味が堪らない。癖になる。通りすがりの摩耶が呆れ顔で、お昼ご飯が入らなくならないようにね、と釘を刺して行った。外は薄青の晴天である。洗濯物が気持ちよさそうに風に泳いでいる。
「持久戦の場所がここであったのは幸いでしたね」
劉鳴殿が緑茶を啜る。
「なぜ」
「ことさんの根城ではないですか。コトノハの馴染みも良い。かたたとらもここまでは襲撃しなかった。乗り込んで来たのは、嘗ての隼太君くらいのものです」
楓と俊介が拉致された事件を話している。私はうんうん、と頷きながら、胡麻煎餅を食べる。音が音だけにいまいち締まらない。
「先日、隼太君と何を話していましたか?」
「濃過ぎる血の弊害について」
「ああ。しかし、ことさんと聖君にそれは当たらないでしょう。本家と副つ家の血縁関係は、それ程、密ではない」
「仰る通りです」
赤い双眸が私を見抜く。
「聖君が最も危険と思っていますか」
「今のところは」
赤が深くなる。
「僕にはよく解りませんが、例えば麒麟君などはどうなのです? 彼も聖君程ではないとは言え、白髪で、それこそ術師ですが」
私は湯呑みを持つ手を止め、劉鳴殿を凝視した。先日、麒麟を見送った時に掠めたもの。その正体が解ったのだ。なぜ、今まで気づかなかった。私は麒麟に電話した。焦りで指が滑り、何度もかけ損ねた。やっと通話が叶った時、私の胸はどきどきと早鐘を打っていた。
『ああ、そのことなら念頭にあるから、ことちゃんは心配しなくて良いよ』
そう言われて拍子抜けする。
「そう……ですか」
『お宅の聖さんのほうがよっぽど危ないから、そっちを気にして。呪術に関しては素人でしょ?』
「はい」
『俺はそのへん、長老たちから自衛出来るけど、聖さんは違うだろうから』
「気を付けます。有り難うございます」
『……』
「麒麟さん?」
ふ、と笑み零れるような呼気の気配。次の瞬間、麒麟の口調ががらりと変わった。
『気づくのが遅いな。音ノ瀬こと』
携帯を握る手に力が入る。
さっきまで麒麟だった声は、偽誠の声に変化していた。




