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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第五章
75/817

踏みにじられても美しい

 そしてまた新しい朝が来る。

 翌日、曙光が銀世界を薔薇色に染めた。


 隼太が預けられたのは、老夫婦とその孫娘が暮らす家だった。

 当然ながら姓は音ノ瀬である。

 本家と同じくらいの佇まいの家には縁側もあり、隼太はそこに置かれた揺り椅子に掛け、何をするでもなく日がな一日を過ごしていた。

 居間の畳に丸椅子を置き、脚を組んで文庫本を読んでいるのはこの家の孫娘・(おと)()千秋(ちあき)だ。

 大学の講義が無い時は、こうして隼太の見張りをしている。

 オレンジに染めたショートカットは軽くウェーブが掛かり、全体に快活な容姿の彼女が体術を得意とすると、隼太はこの家に来て一日目に思い知らされた。隼太自身も体術を嗜むが、千秋にコトノハの処方との合わせ技でこられては、勝算は無かった。

「なぜ最初からお前が本家に用心棒として出向かなかった?」

 暇も手伝い、隼太が千秋に疑問をぶつけると、千秋が文庫本から顔を上げた。

「こと(ねえ)があたしに気を遣ったのよ。おじいさんもおばあさんも歳だから、コトノハの処方には長けても体力的に本家のガードは厳しいし」


 得心した隼太が揺り椅子を動かすと、ぎい、ぎい、と床板が響く。

「ちょっと。床が傷むでしょ。やめなさいよ」

 千秋が文庫本を閉じた時、呼び鈴が鳴った。




「こと姉、いらっしゃい」

「こんにちは。千秋さん」

 千秋は昔から私を慕ってくれ、今回も満面の笑みで迎えてくれた。

「音ノ瀬隼太は元気ですか」

 昨日の様子からも鑑みるに、彼が元気でないとは思えないが。

「うんざりするくらいね」

 出されたスリッパを履き、居間に案内される。

 揺り椅子に身を預けたまま、首だけを巡らせて私を見上げる隼太は横柄だった。

「大海さんは?」

「部屋じゃないか?」

「恭司さんは?」

「さあ」

 適当な答えが返る。

 恭司と言うのは秀一郎と一戦交えた少年(見掛けは)で、本名は佐々(ささき)恭司(きょうじ)と言う。

 楓と同じく、音ノ瀬一族ではないが、コトノハを処方する資質に恵まれた。

 花屋敷の住人たちが、今はこぞってこの家の居候となっている。食費などの費用は一族から出る。

「お茶淹れるね」

「ありがとうございます」


 床の間に活けてある椿と南天の実の赤が鮮やかだ。

 くすんだ白の焼き締めの花器に赤の色艶が映える。

 隼太は今日も紫陽花色のコートを着ている。裂けた箇所もそのままに。

 余程、愛着でもあるのだろうか。


「……何だ」

「そのコートの破れ目、繕いましょうか?」


 自然にそう申し出ていた。


 千秋から裁縫箱を借り受け、紫陽花色に近い糸を選んでコートを縫っている間、隼太と少し話をした。尋問の時より、互いに構えず話している。


「隼人さんが亡くなられたのは夏でしたね。私の祖父――――先々代当主は冬でした。もうすぐ命日です」

「病死か」

肺癌(はいがん)でした」

 針と縫い目を見ている私に、隼太が驚く気配が伝わってくる。

「祖父は私たち家族に隠れ、煙草を吸うようになりました。それも年々、量は増す一方」

「音ノ瀬一族が。なぜだ。しかも本家の、当主まで務めた男が」

「――――音ノ瀬一族だからでしょう。貴方はご存じないでしょうが、一族には喫煙で身を滅ぼす者も少なくない。煙草を吸うなときつく叱る親に反発する若者も。皮肉にも当主の重責は祖父をして、肺癌に至らしめました。音ノ瀬歴代の当主は、心身に掛かる過度の重圧から余り長生きしません。祖父はそれでも長く生きたほうでした」

「…………」

「私たち本家も、貴方がたに敵愾心を抱かれる程、余裕を持って君臨などしていないのです。貴方たちを貶めたり踏みにじる余裕も積りも無い……」

「隼人は、そうは思っていなかったみたいだがな」

「受け留め方はそれぞれですが。それを言うなら本家とて。コトノハを処方する身とて、それだけを理由に差別は受けます。個人に起因する理由なしに、踏みにじられることはあるのです。人ならば。……人の世ならば。それでも、踏みにじられても美しい人は美しい。汚せぬ魂は確かに、この世にあるのです……」








挿絵(By みてみん)








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