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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第二章
749/817

ピジョンブラッド

 長老たちによる結界は、私たちにのみ作用するらしく、且つ、入るには比較的、容易らしい。麒麟は撫子たちと京都からの帰途、うちに寄り、早速、上賀茂神社の痕跡を解析する旨を言って自宅に戻った。水草は姿を現すことが出来るようになっていた。ほっそりした水干姿と、白髪を見送る。その時、私の頭を何かが掠めたが、それは確固とした形にならずに霧消した。撫子たち、岡田たちを労い、夕食を振舞う。とろけるチーズ入りの手ごねハンバーグは、和懐石に慣れた旅人たちにはいたく歓迎された。岡田たちはこのまま、近くに手配したマンションに移る。梅雨明けの空は星がまばらに散り、やや潤みつつも澄んだ空気だ。隼太は岡田たちと話を合わせる如才なさを見せていた。このまま、事態がどう転がって行くのか、私には見当がつかない。正直、やや怖気づいている。縁側に座り、緩々、団扇を動かす。麒麟たちが優れた陰陽師と言えど、同じく優秀な術師の張った結界を、すぐにどうこう出来る訳ではないらしい。解除は可能だが時間がかかると言っていた。

 釣忍が鳴いている。

 玲一が、安否を尋ねるコトノハを寄越したので、無事だと答えておいた。紫陽花も、もう終わりだ。色褪せて来た花の色は、昔の佳人が嘆いたように、女性の容色の衰えを思わせる。私も、もう若くはない。次の世代への橋渡しは、とうに始まっているのだ。白蛇が久し振りに姿を見せた。やあ、と挨拶をしておく。この蛇は昔から変わらない。蛇の寿命は解らないが、長生きして欲しいものだ。そんなことを考えていると、白蛇は引っ込み、代わりに隼太が私の隣に腰を下ろした。私は、かねてより疑問だったことを尋ねてみた。

「隼太さん。磨理さんのご実家は、今は」

「老齢の両親は施設に入り、家は空き家となっているそうだが、見るべきものはないぞ」

「行かれたのですか」

「あいつらが京都くんだりしている間に、何かないかと思ってな」

 フットワークが軽い。

「大海には言うなよ。あいつは、母さんの実家はもうないと思い込んでる」

 そのほうが無難だろうと思い、私も頷く。

 隼太が持つ切子細工のグラスが微細な光を弾いている。梅酒を擁した鮮やかな瑠璃色は、いつかの式を彷彿とさせた。

「奈苗さんたちと、近く話し合いの席を設けることになっています」

「実体か? 影か?」

「由宇さんの様子次第です」

「……」

 隼太が、梅酒を傾けた。咽喉仏が隆起する。

「術師の一族は純血を尊ぶ。近親婚を繰り返して、術力の向上を狙う。身体的にその弊害が出てもおかしくはない」

「確かに出雲殿は従兄妹同士のご結婚です。由宇さんが、高い術力に反して病弱でいらっしゃるのも、積み重ねられた濃過ぎる血の弊害ゆえかもしれません」

「お前と鬼兎も似たようなものだがな」

「そうですね」

 副つ家と本家の婚姻は、時代を経てままあったことだ。隼太が奥に引っ込んだ後、入れ違いのように聖が私の隣に座った。隼太と違い、手ぶらだ。

「隼太君と、何を話しておいででしたか」

「血の弊害について」

「ああ……」

 聖には、すぐにピンと来たらしい。

「そうした意味でも、楓さんは新しい風を音ノ瀬に吹き込んでくれるでしょう」

「もし」

 尋ねる声は僅かに震えた。

「もし、私がまた身ごもったなら、その時は喜んでくださいますか」

 聖の紅玉が軽く見開かれる。

「もちろんですよ。当たり前です。でも僕は、今のままでも十分に幸せですけどね」

「そう、ですか……」

 私の右手を、聖は緩く握ってくれた。



従兄妹同士の子供に弊害が出るとの主張ではありません。

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