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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第二章
744/817

呪と刀

 〝麒麟の〟唇が弧を描き、にやりと笑った。その姿はたちまちにして溶けて、代わりに立っていたのは、中臣誠を名乗った男だ。

「ことちゃん!」

 息せき切って昴の部屋の襖を開けたのは、正真正銘の麒麟だ。成程、すれ違い。これを狙ったか。

「あわよくば聖さんを拉致する心算でしたか」

「出来れば、あんたと大海たちも一緒にね」

 舐められたものだ、と私が冷えた怒りに囚われると同時、劉鳴殿が動いた。誠だった男、そして麒麟にも化けた男は、紙一重で交わす。動き一つで判る。強い。しかも、只の武道の達人と言う訳でもない、術にも通じた強さ。これは厄介だ。しかし、多勢に無勢。ここを切り抜けるなど、楽観視し過ぎている。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 麒麟が九字を切る。最もオーソドックスな退魔・除災の修法。偽誠の動きが鈍る。

(しょう)

 昴も呪言を唱える。必勝を期す時に書く。偽誠もやられたままではいなかった。劉鳴殿の刀剣の間合いから巧みに外れる。

()

 一切の獣に遭う時に書けば動物の害を受けない。つまり彼は、麒麟たちを「動物」に見立てた。更に続く。

(おう)

 兵や賊に遭遇した際に難を逃れる。昴も返す。

(だい)(ごう)

 大は悪人・悪縁や怨敵に向かう時に書けば一切無事。合は、人に対しての大事を成さしめる。偽誠が舌打ちした。退散する気だ。させるか。私は既に顕現させていた隠刀を抜いて偽誠に迫った。彼の後ろには劉鳴殿。隙のない布陣の筈だった。偽誠が舌を出した。

「なあんてね」

 左耳のピアスがきらりと光る。その光は巨大化して、熊の形を成した。

 ――――金熊。三番目の式をここに来て出すとは。名前の通り、全身が金色の熊は猛り狂い、昴の部屋を散々に荒らした。

(ばく)

 私の声に合わせて、劉鳴殿がその背中に、身軽に跳び乗る。刀を首に突き刺そうとする直前、偽誠が背後から劉鳴殿の首を紐で絞めた。劉鳴殿の身体の軸がぶれ、金熊の背を浅く傷つけるに留まる。金熊が、コトノハの処方に反して動こうともがいている。

「助成する。音ノ瀬。緩くとも よもやゆるさず縛り縄 不動の心あるに限らん」

 昴が呪縛印を結ぶ。

「オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ」

緊縛(きんばく)

 不動緊縛法に加えてコトノハの上乗せ。これらは金熊のみならず、偽誠も対象に入っている。しかし、偽誠も伊達ではなかった。不動金縛り法を解く()綱法(こうほう)を唱えたのだ。

「行者、今、(から)めの綱を解き、ほとほと三途(さんず)の道に、放ち道ぎり。オン・アビラウンケン・ソワカ」

 私は、戦いの熱に当てられ、まず偽誠を閉口させておかなかった失態を悔やんだ。再び、金熊と偽誠は自由を得る。私は偽誠を追おうとした。

「駄目だ、ことちゃん!」

 麒麟の声。吹きかけられた霧。毒だとすぐに察する。それでも麒麟が庇ってくれたお蔭で半身程が無事で済んだ。偽誠は霧に紛れて消える。痛恨事だ。劉鳴殿が前に出た。ぞっとするような剣気を纏っている。表情は寧ろ穏やかで、構えも正眼なのに。

「天響奥の韻流。奥義・花赦(はなゆる)し」

 金熊の身体が花びらのように、千々に裂けて舞った。肉塊が血液と共に乱舞し、昴の室内を凄惨に染めたと言うのに、その光景は醜悪でありながら美しかった。



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