あなたはだあれ?
その日は偶然、麒麟が菅谷邸に来ていたらしい。結果としてそれが功を奏した。朱狐は文字通り、朱色の炎を纏った狐の姿をしており、菅谷の強固な結界をすり抜けて昴たちに迫ったそうだ。昴は負傷、その場にいた麒麟の援護もあり、朱狐を撃退した。捕らえる余裕はなかったと言う。
「なぜ、菅谷に朱狐が」
『外郭から潰そうと考えたのかもね。賢明と言えば賢明』
麒麟の声は落ち着いている。
「昴さんの容体は」
『左腕と肩に火傷を負っただけだから。命に別状はないよ。ことちゃん、悪いけど、明日、うちに来てもらえるかな』
言わんとするところにはピンと来た。
「火傷の治療ですね」
『うん。文字通り、うちにも火の粉が及ぶ以上、昴にも万全でいてもらわないと困るんだ』
「解りました。昴さんにお大事にとお伝えください」
『有り難う』
通話を切ると、夜の虫の音がやたらと耳に迫った。縁側に立って遣り取りしていた私の様子を、妙に思ったのだろう、聖が寄って来る。
「こと様。どうされました?」
「菅谷邸に朱狐が出て、昴さんが負傷されたと」
「……それは」
「私は明日、昴さんの治療に向かいます」
「僕も行きます」
「駄目です。そもそもの狙いは貴方なのですよ。聖さんをおびき出す為の罠である可能性も考えられます。菅谷邸には師匠に付き添ってもらいます」
「……こと様の守りを、他者に任せたくないのです」
「それなら大丈夫。私を一番に守ってくれているのは、貴方ですよ。聖さん」
聖は黙り込んだ。釣忍が歌う。ざわめきの夜に胸もざわめく。聖が私を掻き抱いた時、私はすんなりその腕に収まった。聖の背中をぽん、ぽん、と叩く。
「大丈夫です。聖さん」
客間に来たかささぎが、固まってこちらを凝視しているから、そろそろ離してくれると嬉しい。瑠璃雀の番に来た我が弟は、所在なさげに視線を彷徨わせていた。
翌日、麒麟の出迎えを受けて私は劉鳴殿と菅谷邸に出向いた。くっきりした青空は、湿り気の様子を微塵も見せない。暑い一日になりそうだ。相変わらずの豪邸に、何となく乾いた笑いが漏れる。邸ではすぐに昴の私室に通された。菅谷家当主に相応しい立派な調度に囲まれた部屋。彼は床に臥していたが、私たちの姿を見ると起き上がった。私はそれを手で制する。
「そのままで結構です。事情は聴きました」
すぐに昴の傷をコトノハで癒す。良かった。助けられる命で良かった。零れ落ちてしまえば、もう二度と取返しが効かない。
「……助かった」
「有り難う、ことちゃん」
兄弟揃って礼を言われて恐縮する。巻き込んだのは恐らく私たちのほうなのだ。
「偽中臣擁する長老たちがその存念なら、菅谷も容赦はしない。三席の話など、最早論外。俺は朱狐の襲撃を、菅谷への宣戦布告と見なす」
断固とした昴の声音には、当主に見合う威厳があった。麒麟が私を見る。
「じゃあ、俺はこれから瑠璃雀の逆探知に、ことちゃんの家に向かう。慌ただしいけど」
「待ちなさい」
それまで一言も発さなかった劉鳴殿が、厳しい声を上げた。すらり、と白刃を抜く所作には迷いがない。その切っ先は麒麟に向いている。一体どうしたと言うのか。
「貴方、誰です?」




