音もなく落花する
誠とライン交換していなかったことが悔やまれる。俊介が、中臣家の電話番号を調べて来てくれなかったら、詰んでいたかもしれない。黒電話のダイヤルを回す。コール音の後に、物柔らかな女性が出た。家政婦のようだ。当主である中臣壮亮さんを呼んでもらう。誠の父で、中臣家の現当主だ。誠もそうだが、壮亮と親睦を深めるのも大事だと感じた。黒電話は廊下突き当りに置かれている。壁にやもりがいて、つぶらな瞳をこちらに向けていた。
『お待たせしました。私が中臣壮亮です』
どっしりした男性の声。背負うものの知れる貫禄が窺える。
「初めまして。音ノ瀬ことと申します」
『音ノ瀬一族の当主殿ですね。初めまして。今日はどういった趣で?』
「三席と長老に関するご存念を窺いたくお電話差し上げました」
『ああ、そうでしたか……。うちは伊勢殿や出雲殿に比べると弱小で、お恥ずかしい限りです』
「神祇官において中臣氏は重要な立場でおられた筈」
『今は昔ですよ』
卑屈な謙遜ではなく、穏やかな声音には、心底そう感じていることが判る。
「三席選出については、どうお考えですか」
『直截ですね。うちが割り込む余地があるのか、疑わしいと言うのが正直なところです』
「伊勢と出雲は確定でしょう。音ノ瀬は入らなくて良い。中臣殿が三席に収まってください」
『さて。口で言うのは容易いですが』
やもりが壁を這って廊下のほうにすばしこく移動した。日の射さないこの場所は、空気がひんやりと感じる。
「及ばずながら力添えも致します」
『音ノ瀬殿にそう言われると、無碍に出来ませんね』
「誠さんに瑠璃雀の件ではお世話になりました」
『――――え?』
「昨夜、うちに影を飛ばして忠告に来てくださいました。お蔭で今後の対策を講じることが出来ます」
『誠が?』
「はい。優秀な息子さんですね。術師としても、さぞや優秀なのではないかと。立派な後継もおられることですし、やはり中臣さんが三席に就かれるべきかと」
黒電話の横に置いていた、一輪挿しの薔薇の花が花びらを落とす。音のない落花に優美を感じる。中臣誠が優れた術師だと言うことは、出会った時から知れていたことだ。加えて、音ノ瀬に好意的。この先、共闘する場面も出て来るかもしれないが、その時は頼もしい戦力となるだろう。
『私をからかっておいでですか?』
軽く怒気を孕んだ声。
「え?」
『誠がそんなことをする筈がない』
「いえ、しかし、現に――――」
『三年前。酷い雨の日でした。車がスリップして、歩道に突っ込んだ』
壮亮が唐突に始めた話について行けない。一体、彼は何を言おうとしているのか。
「巻き込まれた歩行者の内、二名は搬送先の病院で死亡。その一人は誠です」
「え?」
『誠は三年前に亡くなりました』
第一章、完です。次から第二章が始まります。




