番外編・桃
こちらは九倉奈苗視点の番外編となります。
お読みにならなくても本編には支障ありません(恐らく)。
大和の 室生の毛桃 本繁く
言ひてしものを
成らずは止まじ※
幼い頃から、美しく、聡明で高い術力を持つ兄は私の自慢だった。病弱だったが、それを補って余りある才が兄にはあった。両親の、私の誇りだった。
私は島根県、今で言う出雲大社近くの、術師の大家の娘として生を受けた。九倉奈苗。それが私の名前だ。兄の名前は九倉由宇。双子である私たちは、それにしてはどこかよそよそしさのある関係だったと思う。
病弱な兄は幼い頃から臥せることが多かった。兄の部屋の障子をずっと見ていると、障子が開き、白い手がすう、と出て、招かれる。私はふらふらとそれに従い、兄の部屋に向かった。
兄は私に何をするでもなく、時々、髪を撫でたりするくらいだった。繊細な兄の白い指に触れられると、私は陶然として、時を忘れた。
「奈苗。どこに行くの」
私が高校生の時、クラスの皆で集まり、遊ぼうということになった。私は私服に着替えて、兄の部屋の向かい廊下を横切った。兄に声を掛けられたのは、その時である。胸が疚しい音を立てた。
「クラスのみんなと遊びに行くのよ、兄さん」
「そう。気をつけて行っておいで」
何かを切望する声音に、私の頭はじん、と痺れた。私は遊びも程々に、家に飛んで帰った。兄の部屋に行くと、兄は布団に半身を起こして本を読んでいた。私の顔を見ると微笑む。解っていたかのように。兄の手が本を置き、私に伸びる。頬に手を添えられ、恥ずかしくなって俯くと、今度は両頬を包まれ、上を向かされた。
一瞬の触れ合い。
しかし、その一瞬に、私は烙印を押された気持ちになった。
どうしよう。
どうしようと思った。
兄が好きだ。兄が、好きだ。
私は、心とは逆に身をよじり、兄の腕から逃れた。自分の部屋に行き、ずるずると壁を背にくずおれる。この、報われることのない想いを、私は一生、抱いて行かなければならないのか。絶望だった。
天国と地獄だった。
兄はいつでも、私を変わらない瞳で見ていた。
やがて私に、兄とは別に気になる人が出来ても、私たちは同じ手錠に繋がれたまま同士だった。昏い焔に焼かれている。
今も同じ。私たちは。
天国と地獄で焼かれている。
※歌の意味。恋の成就に例えて「大和の室生の毛桃の幹が茂っているようにねんごろに言葉をかけたのだから、きっと実が成らずじまいに終わるということはないでしょう」万葉集。




