ハイブリッド
満腹になったと呑気にお腹をさする大海に、隼太はミントティーを出した。珍しい隼太の気遣いだ。
「食事会はどうだった」
「おっかなかった。若い子たちも術力が高くて」
ネクタイを緩めてソファーにだらしなく座り、ミントティーを飲みながら大海が肩を竦める。
「使えそうな奴はいたか」
「うーん。その発想はあんまりお薦めしないかな。大人しく懐柔されてくれるタイプはいなかったよ」
「音ノ瀬ことは?」
「普段通り。頑張ってるね、彼女は」
隼太が双眸を細める。大海に歩み寄り、肩のあたりに手を遣った。
「蟲に憑かれたな」
「え? 気づかなかった」
「……」
隼太は、その奇怪な蟲を手で握り潰した。紫の体液が出る。うへえ、と大海が声を上げる。
「どういうこと」
「お前のことだ、大海」
「ん?」
「お前は、コトノハ遣いでもあるが――――」
そこまで言って、隼太は言葉を切った。何々、と急かす大海を無視する。
「長老共も、存外見る目はあるらしい」
外は俄かに暗雲が湧き、雨空の様相を呈してきた。
大海を守るとは、どういうことだ。私は素麺の器を洗い、再び縁側に座って考え込んでいた。私以外に、磨理の訪れに気づいた人間はいない。大海は強い。コトノハの処方に長け、体術も相当なものだ。その、大海を、一体誰から守ると言うのか。三席絡みの話だろうか。それとも、もっと別の、異なる次元の話だろうか。伊勢、出雲、鹿島、他、術師の一族を数え上げればきりがない。そのどれかが、大海を狙っている? しかし、どうして。何の為に。磨理の言葉は断片的で、私に満足いく理解を与えてくれない。柱時計が八時を知らせる。楓たちも、夕食を済ませてそれぞれの場所に腰を落ち着けている。磨理の言葉、必死の形相を反芻し、私はぞっとした。大海を狙う程の相手がいる、という事実に戦慄を禁じ得ない。隼太には知らせておく必要がある。そもそも、コトノハ遣いと術師は似て非なる存在である。コトノハ遣いは大別すれば術師だが、かなり特殊なケースなのだ。しかし。しかし、食事会の日に磨理が警鐘を鳴らしたことが偶然ではないとすれば、もしかすると大海は。
雨の匂いがする。今夜は降ると天気予報で言っていた。食事会の時でなくて幸いだ。雨の湿気た匂いと月桃香の匂いが絡みつき、独特の風情が出る。緑茶の入ったグラスを揺らすとカラン、と氷の涼し気な音が鳴った。私は大海をうちで保護することを考えていた。隼太がいるのであれば杞憂に終わるかもしれないが、万一と言うこともある。さあさあ、と透明の、軽やかな雨音が曲を奏でる。肝要なのは、大海を欲しがる勢力があると言う事実だった。磨理がもう一度現れて、もっと具体的なことを語ってくれたなら。
「大海だけじゃない」
不意に聴こえた声に、私はぎょっとする。もーちゃんが、私の膝にいつの間にか座り込んでいた。大きな一つ目をきょろきょろ動かす。
「ことさんも狙われてる。俺、解る」
「もーちゃん。どういうことですか」
「大海もことさんも、術師としての素養が高い。だから、利用したがるのが、いる」
「術師? コトノハ遣いではなく?」
「両方、出来る。ことさんは、特に何にでもなれる、から。でも、大海の、術師としてのポテンシャルも、とても、高い」
術師の一族である磨理と、コトノハ遣いである大海の結婚が、純粋な恋愛結婚でないとしたなら。両者の背景に蠢く思惑があったのであれば。それならば隼太が狙われる可能性すら、考えなくてはならない。私は膝の上のもっふりとしたもーちゃんを抱き締めた。




