空の青を見つめながら
食事会当日は晴天だった。麒麟がその日は晴れると言っていたから、間違いはあるまいと思っていた。庭に折り畳み式テーブルを出し、客間と空間を繋げ、座っても立っても食べられる形式にした。メニューは寿司に、麻婆春雨、生春巻き、牡蠣の酒蒸し、帆立と紫蘇の大根サラダなど。飲み物も酒含め、各種、取り揃えた。伊勢からは佐保子が、出雲からは由宇と奈苗が、鹿島から誠が、そして昴と麒麟が来ている。由宇は身体が弱いので、出席出来るのだろうかと懸念があったが、元気そうな顔を見せてくれた。
「お久し振りです、ことさん」
「由宇さんもお元気そうで」
「相変わらず、床と畳を行ったり来たりしています」
紺色の大島紬に身を包み、長い髪を後ろで一つに結んだ由宇は柔和に笑む。奈苗も黄色と緑が華やかに入り混じる訪問着を着て、目に鮮やかな双子である。佐保子は花鳥の描かれた友禅。誠と麒麟は仕立ての良いスーツを着て、昴は深緑の上布。それに対して聖はいつもの玉虫色の単衣、私は紫陽花柄の着物だ。一人、浮いているのが大海で、スーツで正装しているのだが、明らかに着慣れていない人の空気が出ており、他人事ながら心配になるが、本人は至ってマイペースに梅酒のロックをちびちび飲んでいる。
「ことさん。そちら、ご紹介してくださいますか」
佐保子が艶麗な所作で歩み寄って来た。その目は由宇と奈苗を向いている。彼女はうちに来てからまだ一度も誠に一瞥すら投げない。そんな態度にひやりとする。誠は誠で、親睦を深めようという態度も見せず、飲食していた。
「由宇さん、奈苗さん、こちら高原佐保子さん」
「初めまして。高原佐保子です」
「初めまして。九倉由宇です。こっちは妹の奈苗」
「こんにちは」
双方、晴れやかな笑顔だ。心の底では何を思うか知れない。
由宇は朗らかな笑みを湛えたまま、誠にも歩み寄った。鮃の寿司を食べようとしていた誠が、手を止める。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「鹿島の中臣殿ですよね。初めまして。出雲の九倉由宇です。こっちは妹の奈苗」
先程までの無表情はどこへやら、誠がにこっと人懐っこい笑顔を見せた。
「中臣誠です。よろしく。近年は出雲大社の結界が弱まっていると父が心配しておりましたが、こんな頼もしい跡継ぎがおられるのなら安心だ」
「それはご心配有り難うございます。鹿島神宮の神殿創建は出雲大社の神殿創建より後のことだったと記憶していますが、血の優秀は健在のようですね」
危なっかしい会話をしている。由宇は喧嘩っ早いほうではないのだが、やはり九倉の人間として、中臣を牽制しておきたいものなのだろうか。千年は軽く遡る、黴の生えた話を持ち出してくる。麻婆春雨を食べる大海に、佐保子が何やら話しかけているが、そちらまで気を回す余裕がない。昴が間に立ったので、きな臭いことにはなるまいと判断する。食事会の目まぐるしさよ。あちらに気を遣いこちらに気を遣い、料理をゆっくり味わう暇もない。何より私を消耗させたのは、心底から歩み寄ろうと言う気配が昴と麒麟以外には見受けられないことだ。仲良くしようよと声を大にして言いたい。撫子と芳江が給仕を買って出てくれ、何くれとなく皆に気を配っているのがせめてもの救いだ。他の家人たちは意図的に外出している。かささぎや楓まで面倒に巻き込むことはないだろう。私が縁側に座り一息ついていると、隣に大海が座った。
「大変だね」
「何かにつけ、大変ですよ。生きて行くのは」
「うん。隼太もあれで、大変そうだ。磨理は見ていてハラハラしてるだろう」
この大海はどっちだ。正常なほうか、それとも。
「佐保子さんは、何と?」
「磨理のことで、改めてお悔やみを、と」
大海の、瞳の薄茶の部分の透明度が高い。
これは正常なほうだ。
「三席に入りたいのかい」
「いいえ。権力の中枢とは距離を置きたいのが音ノ瀬です」
「そういうのは、無欲そうで、難しいよ」
「承知しています」
憂い帯びた空の青が美しい。
「僕はこのへんでお暇するよ。隼太の代わりに来たけど、余り面白くもない」
「デザートを食べて行かれませんか」
私は咄嗟に大海を引き留めた。
「何があるの?」
「チーズケーキです」
次に大海がとった行動は、全く読めなかった。彼は私の頭を撫でたのだ。
「時々、君が辛そうで見ていられないことがある」
チーズケーキを食べたら帰ると言って、大海は庭から客間に上がった。私は動けない。拳を握り締めた。
胸奥の弱い部分を突かれた気がした。
次の開局は土曜日0時の予定です。




