ちろり
昴と麒麟をうちに招いた。二人共、忙しい身の上だが、招きに応じてくれた。八宝菜を主菜に日本酒を飲む。深い瑠璃色の酒器・ちろりで酒を注ぐと、味もまた格別に感じるから不思議だ。
「三席か」
同じく瑠璃色の盃を干して昴が呟く。菅谷当主としての貫禄が出て来た。
「そちらにはお話は行っていませんか」
「いや、来た。俺と麒麟の夢を伝って」
「選出に参加されますか?」
「……どうかな。今のところ、それどころじゃないと言うのが実情だ。うちを切り盛りするので手一杯だな」
菅谷は菅谷で過渡期にある。
「でも、伊勢たちと食事会と言うのは面白い」
昴の空になった盃にちろりから酒を注ぎ足す。鶴のように細い管を伝い、透明の液体が流れ出る。八宝菜に入っている豚肉を食べた麒麟も酒を呷る。
「俺たちはことちゃんのバックアップに専念したが良いんじゃないの。三席だなんて黴の生えた話、今、関わるものでもないだろ」
「まあ、そうだ」
「大体、あの長老たちって苦手~~~~。自分たちが偉いと信じて疑わないって、嫌な奴らじゃん」
「好き嫌いで断じるものでもないがな……。言わんとするところは解る」
昴がちろりの丸い胴をチン、と指で弾いた。
長崎の硝子は中国から伝来し、十七世紀後期に製造が始まり、人々を魅了するもいつしか衰退した。それを復興させようとした人の努力で、今、このちろりはうちにある。
「こんな深い瑠璃色の美しさを見ていると、人の世の些事などどうでも良いと思えて来る」
「同感です。食事会に、菅谷は参加されませんか」
昴と麒麟が顔を見合わせる。
「一応、参加の方向でスケジュール調整するよ。やっぱり蚊帳の外は嫌だしね」
昴も麒麟の言に頷く。
「豆乳素麺、お代わりどないですか?」
話が一区切りするまで待っていた撫子に、昴も麒麟も器を差し出す。出汁を使って作るこの素麺は、仕上げに葱と梅干をトッピングする。まろやかな豆乳の甘味に梅干しの酸味が効いて、食欲不振の夏でもどんどん食べられる逸品だ。菅谷の無駄に贅沢な食卓や、水草にほぼ任せきりの麒麟の家では食べられない味だろう。
「献立に悩んでるんですよねえ……」
「こういうので良いんじゃないの。音ノ瀬らしくてさ」
「一流の術師はなぜか舌も肥えてる人が多くて」
「そんなものか」
お前たちの話でもあるぞ、昴。
「寿司でも取ったら無難なんじゃない」
「必要経費で長老たちから落とせたらそうしますけど」
多人数、それなりの寿司を取るとなるとうちの財布が泣く。
「落とせないの?」
「……もし寿司になったら、一応、領収書は保管しておきます」
夢の中にまでそれが有効かどうかは定かではないが。
瑠璃色のちろりの、濃厚且つ爽やかな肌を光が弾き美しく煌めかせている。人の努力の結実として取り戻せるものがあると、その輝きは教えてくれる。ならば私もそれを見習い、出来る限りのことをしよう。四散してしまった術師たちの仲を、上手く取り持つことが出来るように。
ちろりに関してはマガジン『謳歌』参照。




