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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第一章
722/817

神の階

 まずは伊勢へ。手土産の明太子は着色料不使用・無添加。京都までは新幹線で。宿にチェックインして、レンタカーで一路、三重県伊勢市まで。ハンドルを握るのは秀一郎だ。顔触れは私、聖、秀一郎、撫子、そして劉鳴殿。自然、レンタルする車も大型車となる。伊勢内宮近くの駐車場に車を停め、五十鈴川に架かる宇治橋に赴く。五十鈴川の清流はいつ来ても心癒されるものがある。だから伊勢殿も、宇治橋に待ち合わせ場所を指定したのだろう。橋はあちらとこちらを繋ぐ境界でもある。空は適度に晴れて、風そよぐ。五十鈴川を見ていると、ふるさとの川を思い出す。

「音ノ瀬様」

 高くもなく低くもない、妙齢の女性の声。日傘を射した深紫の友禅を纏う女性が佇んでいる。左右にしっかりした体格の、スーツの男性が控えている。

佐保子(さほこ)さん。お久し振りです」

 互いに礼をした。

「祖母が待っております」

(みやび)さんはご息災ですか」

「はい。寄る年波には勝てず、出迎えは私で失礼いたします」

「とんでもありません。光栄です」

 こう見えて、麒麟とも渡り合えるであろう術師だ。私たちはどちらからともなく歩を進め、参拝して身を清めた後、佐保子の祖母の待つ高原家(たかはらけ)に向かう。大きな門構えの屋敷は、母の抱擁のような大きな結界に包まれている。この結界を破れる人間は、日本でも指折り数える程だろう。御簾の下りた客間に通されると、どこからか伽羅の香りがした。私たちは一同、端座する。御簾がするすると上がり、にこやかな雅の顔が見えた。つまり、私は今、顔を上げている。この対面様式は譲るとして、それ以上、低く出る積もりはない。開け放たれた障子の向こう、濃い常緑の松と青空が四角く切り取られている。

「久し振りですね、こと殿」

「雅さんにもお変わりなく。こちら、つまらない物ですが」

「お心遣い有り難うございます」

 雅がす、と右手を上げると、佐保子が頷き、私の差し出した明太子の入った長方形の白い箱を受け取り、退室した。

「佐保子さん、ご立派になられましたね」

「不肖の孫です。こと殿には、一人の母として、何と申し上げて良いやら」

 聖たちに些少、空気の動きが見られる。私に動揺はない。伊勢殿ならば私の流産を知っていて、何ら不思議ではないのである。

「過ぎたことですゆえ」

「けれど胸は痛む。違いますか」

「――――いいえ、私は一生、忘れないでしょう」

 佐保子が戻って来て、淑やかに腰を下ろす。

「みこともちは、荷が重いのでは」

「元より、それは音ノ瀬が任にあらず」

「ほ。そうでしたか」

「はい」

 みこともちとは、神の言葉を伝達する者の意、神言の伝達者であり、即ち天皇のことである。しかし、音ノ瀬がなまじコトノハを処方する血筋であるゆえに、そのみこともちの神聖に成り代わるのではないかという懸念があるのだ。直截に言えば面倒な話である。また、律令神祇祭祀において地域・民族祭祀に天皇直接の介入は認められず、音ノ瀬はその点、公の頂点を極めた権威ではないゆえに身軽であった。それもまた、警戒される要因の一つだ。雅の老いて尚、麗しい瞳が聖に向かう。

「副つ家も同じ存念か」

「はい。私は御当主に従う立場です」

「良いお心がけよの」

 雅がにっこり笑む。性根とは正反対の、てらいのない笑顔だ。ああ、疲れる。これだから嫌なのだ。伊勢も、出雲も。双方、音ノ瀬よりも互いよりも由緒ある術師の一族であると自負するゆえに牙を垣間見せることを忘れない。時々、宥める必要がある。だから私は、明太子を持参し、京友禅を身に纏い、雅に笑みを返すのだ。この場合において私たちの笑みは、神代に通じる(きざはし)でもあった。



『古代天皇と神祇の祭祀体系』参照。

この作品はフィクションであり、実在する名前・団体とは無関係です。

今日、また開局するかもしれません。

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