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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第四章
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泡沫と親子

 戦いを題材にした軍記物語の最高傑作と称される『平家物語』は、琵琶法師によって独特の(きょく)(せつ)をつけて語られ、特に平曲(へいきょく)と呼ばれた。


 沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。


 これは中でも知られた祇園精舎の(くだり)だ。

 釈迦入滅の時、白色に変じたと言う沙羅双樹の花の色は、盛んな者もいつかは必ず衰えるという道理の表われであるとする。


 ふわり、と咲いて落ちる白い花を意識した。


 さらそうじゅのはなのいろ、と処方した私の顔は、どのようであったろうか。

 ひょっとしたら音ノ瀬磨理が息衝いたようであったかもしれない。

 束の間、「母」が息衝いたようであったかもしれない。

 隼太の表情、顔色が変わり、私の喉から手を放した。

 遠くなる流浪の手を見る。


「――――何だ、今のは。どんな処方をした?コトノハが……」


 烏が心配そうに首の角度を変化させながら、隼太の左肩に舞い降りた。

 隼太であっても顔色を変えないほうがおかしい。


 私は彼から、コトノハを処方する資格を剥奪したのだ。

 無慈悲にも。


 どんなに強力なコトノハの使い手の処方も、半永久的に無効化する。

 それは、副つ家の聖が用いる能力よりも絶対だ。

 コトノハの顕現が平凡な人間以下になる。

 生まれた時からコトノハに慣れ親しんだ人間が、それを奪われる苦痛。

 隼太のように、自分を恃むところの大きく我が強い者にはとりわけ、堪えられないだろう。


「……すみません」

 隼太は自分の身に何が起きたか、やっと得心した――――得心せざるを得なかったという顔で、そして驚愕の色濃い瞳で、私を睨んだ。

「――――返せ」

 私はコトノハを持つかのように両手を後ろに回し、背を扉につけたまま首を左右に振る。子供がいやいやと言うように。固くて重い木の扉を開け放ったが良いかもしれないと迷いながら。先程の攻防や、隼太がティーカップを叩き割った音が、それでなくても私たちの対談に警戒している聖たちに異変を知らせているだろう。

「返しません」

「ふざけるな、処方解除のコトノハを出せ!」

「出しません――――聞き分けてください」

「簒奪者がしたり顔で言うな、殺されたいのか!!」

 隼太自身が言ったように、コトノハを使わずとも私を殺傷することは可能だ。

 隼太は必死で、私もまた必死だった。

 二人共に生死の瀬戸際に立つ思いだった。

 命が何なのかを知りたかった、と私に言った少年がフラッシュバックする。

 遺骸に囲まれ、独りぼっちで。

 この花屋敷も、或いは彼にとって、動物の死骸の放射線に近かったのかもしれない。

「いいえ」

「頼む」

 牙を剥く獣の形相で、隼太が懇願すると言うよりは凄んで見せる。

「〝もう、……殺さないでくれる?〟」

 あの時と同じコトノハを、私は煎じた。


 セピアと黄金の色とに染め上げられていそうなコトノハを服用した隼太は、虚を突かれたように瞬きした。

 それから、少し鎮まったように紫陽花色のコートを引いた。革靴に踏み分けられた花弁が柔らかく潰れる気配が匂い立つ。

 くしゃり、と。

 コトノハの横暴により咲かされ爛熟した、ブランデーとは似て非なる香り。

「……あの時、ガキだったお前が処方したそのコトノハは、その後も俺を縛った」


 今度は私が驚く番だった。

「では――――……人を、殺さなかったと――――?」

「正しく言うなら〝殺せなかった〟、だ。お前に逢う前、俺が殺したのは獣や虫だけだ。お前が目撃したのも同じ。しかし、成長する途上で人間を殺戮する機会があっても、どうしてだか俺には直接手を下すことが不可能だった。間接的に人を使う、いたぶる、脅すまでは可能でも。対象者に向け銃の引き金を引くことすら難しい。褒めてやるよ。……あんな小娘だった癖に。歴代最高峰の呼称は伊達ではないな」


 きらり、とまたシャンデリアの雫型の飾りに、いつの間にかまた烏が戯れ掛かっている。


 その光と同時に、私の心に希望が湧いた。

 もしかしたら、と。


「では貴方は、私の両親も手に掛けていないのですね?」

 二歩、踏み出す。隼太は動かない。

「――――……ああ……」


 まだ、取り戻せるのだろうか。


『お前は何も知らないね、こと』

『知らない。私は何も知らない』


 あの後悔と慚愧の念を打ち消し得るだろうか。


『……元気に帰って来てね』


 あの希望を籠めたコトノハの成就は叶うだろうか。

 とうに諦めていたものが。


 隼太の表情は平らかになっていた。

 くるり、と私に背を向け、踵を返して数歩、進む。

 その間にもシャンデリアのパーツが、私の胸を惑乱するようにきら、きら、と光る。

 数秒だったのだろうが、私には長く感じた沈黙を隼太が破る。


「音ノ瀬家前当主夫妻には大概、お前に話したのと同じ内容の話をした。娘が娘なら親も親だ。あの二人も大したコトノハの使い手だった。しつこさも似ている。二人掛かりで食い下がられて辟易した俺は、洗いざらいぶちまけてやったのさ。じいさんの哀れな過去。俺が理想とするフォーゲルフライ……。俺がコトノハを使い諸国、軍靴の音高らかな国々と裏取引きしている現状のおまけつきでな。彼らは陸軍造兵廠火工廠忠海製造所が戦時中に設けられ、今では〝ウサギ島〟とも呼ばれている島に向かうと言っていた。俺の処遇は島より帰り次第、改めて一族の奴らと諮るとも」


「なぜ、その島に……?」


「隼人の法螺とは言え、音ノ瀬が製造所と関わっていないとも限らない。また、戦時中の爪痕が残っていないか。今では平和な兎の楽園と聞く島を訪問して確認して――――などと言っていたが、本音は最後のこれだろう、と俺は思っている」


「本音?」


「〝ウサギ好きの娘に、写真を撮ったり土産話を聴かせたりするのも良い〟。夫妻は顔を見合わせてそう言い、頷き合っていた。普段は滅多に本家を離れられないからと。それまでは当主夫妻の顔だったのが、親の顔になっていたな」


〝ウサギ好きの娘に――――〟


(――――……)


 ウサギさん、ウサギさん、と聖に懐く私を、必ずしも肯定的な眼差しで見てはいなかった両親。なのに。


 シャンデリアの雫が光り止まない。明滅して。

 私の胸にも雫が満ちる。温かな。

 ゆらゆらと。


 しかし隼太は頑なにこちらを振り向こうとしない。

 話し終えるまでは私を見ない、と決めているかのように。


「俺は一旦、帰宅してからにしろと勧めた。俺の動向は各国、あらゆる組織に注視されている。五年前は今以上だった。危険だから守りを固めてから向かえ、と。……お前の親たちは聴き容れず、伝手を辿り瀬戸内の漁村から船を出させ、ウサギ島に向かう途中、船が大波によって転覆した。――――なぜか、晴れた日の海で」



 シャンデリアから雫の煌めきが落下した。落下音は絨毯がほぼ吸収する。

 烏が突き過ぎてしまったらしい。

 私の中でも何かが落下したと感じた。

 雫の煌めきが両親に重なる。


 


――――今は舟のうち浪の(した)に、御命(おんいのち)一時(いっし)にほろぼし給ふこそ悲しけれ――――




 琵琶法師の声が聴こえる。一体、どこで唄っているのだろう……。








挿絵(By みてみん)








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― 新着の感想 ―
[良い点] まさにコトノハ使いにとっては凶悪の禁じ手ですね……! 本家当主は伊達ではない。 そして明かされた意外な真実。隼太以外にも強力なコトノハ使いが……!?
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