芍薬に青磁
白夕は手に持つ湯呑みの水面を眺めた。揺らがず、静まっている。今の自分の心境を映しているのか否か。さだめが、ことを斬れないかもしれないと言った。実力の問題ではなく気持ちの問題ゆえに。白夕は叱責も慰めもしなかった。そうですかとだけ告げた。殊更に責める気にもなれなかったのは、白夕自身もまた、ことを積極的に斬りに行く気概が薄れているからだろう。弱さとは少し違う。ことは母になり損ねることで、白夕に母を強く意識させた。或いは育てた女を。彼女たちが同じ地平で交わっていると考えた時点で、白夕の剣は鈍く重くなっていたのだ。
ゴンドラの唄を投げ掛けたら、全うするまで抗うと答えたこと。炎は死ぬまで消えないと答えたこと。彼女らしく、天晴なコトノハだった。白夕はコトノハを脆弱な心情に流れがちな要素と捉えていたが、認識を新たにさせられた。コトノハは弱いが強い。緑茶を飲むと緑の味がした。茶の淹れ方や料理の仕方など、白夕はさだめにも徹底して教え込んだ。生きる上でも、刀剣を振るう上でも大事と考えたからである。床の間に活けていた大輪の芍薬が、ぽたりと花びらを落とす。これもまた、さだめに活けさせた。花瓶を選ぶところからさせた。古伊万里ではなく青磁を選ぶあたり、成長しているようだ。白夕の透徹とした眼差しが青磁の凛とした肌を映す。果たして今の自分にことが斬れるか。疑問が生じたところで負けている。白夕を育てた女は厳しくも慈愛深い女だった。きっと、ことの一件を知れば友和の道を白夕に勧めるのだろう。不思議とそれが不快ではない自分がいる。反発の意思が湧かない。さだめは庭で草むしりをしている。勘違いされることが多いが、さだめは一つのことを粘り強くやり遂げる耐久心を持っている。男二人の一軒家の所帯が機能しているのも、白夕とさだめの日々のたゆまぬ努力の結晶だ。白夕は空になった湯呑みを座卓に置いて立ち上がり、ベランダの戸を開けた。鳥や虫の声が大きくなる。
さだめが屈んだまま振り向く。手には雑草。
「まだ終わってないぞ」
「そのへんにして水分を摂りなさい」
さだめは素直に従い、長靴を脱いで屋内に入った。手を水で洗い、白夕が差し出した清涼飲料水を飲む。
「温情の海で何を見ましたか」
さだめの動きが止まる。
「あの時。音ノ瀬ことが処方したコトノハで。私は、私を守り育てた女性との思い出を見ました」
「……白夕との記憶」
ふ、と白夕が笑いを零す。
「お互い、肉親との縁が薄いですね」
「そんなものはどうでも良い。生きる要点はそこじゃない。だろ?」
「そうですね。あの処方は残酷な程に優しかった。処方した人間ゆえでしょう。さだめ。私はそれでも音ノ瀬ことを斬るべきか否かに迷いが生じています。一人の剣士としての不徳の致すところです。お前は好きな道を選びなさい」
「――――俺を捨てるのか」
「違います。巣立ちですよ」
白夕がさだめを抱き寄せると、動揺が伝わった。思えばこのように、さだめに温もりを伝えたことはなかった。もっと早くにしてやれば良かった。
「今からを自分で選び取るのです」




