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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第六章
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氷の花

 争いの旋律が聴こえる。

 聖がとても怒っている。

 私は縁側に座り、それらの状況を風から知っていた。矢倉の御舘の落ち度ではない。敵が賢明にして狡猾なのだ。年若くして矢倉の御舘を取り仕切るカレンには、荷が重いだろう。私はもーちゃんを膝に乗せ、その身体を撫でていた。隣にはかささぎが座り、同じく風を聴いている。

「義兄さん、凄いね」

 感嘆混じりにかささぎが呟く。私は曖昧に頷いた。聖を遠い存在だと思って欲しくなかったのだ。只でさえ、孤独に陥りやすい人だから。しかしそれは杞憂だった。

「姉さんのことが本当に大事なんだな」

 耳にすれば面映ゆく、中々、首肯しにくい台詞だ。

「優しい人なのです。彼が猛るのは、他者が傷ついた時だけ」

「特に姉さんが、でしょう」

 かささぎは小皿に出していた水羊羹を一口食べた。少し涼しい今日は、湿度が低く、空気がさらさらとしている。私はほつれた横髪を耳にかけた。実際、先程の聖はコトノハ日和だったこともあってか、圧巻だった。私ですら、その圧倒的武勇に驚嘆した。けれどそれは煎じ詰めれば聖の怒り悲しみを露呈しており、一概に頼もしいと評して済むものではない。

 早く帰っておいで。

 貴方の身体を心ごと抱き締めてやりたい。

 私も水羊羹を食べて、緑茶を飲む。絶妙な温度と濃さで入った茶は玉露にも劣らぬ味わいだ。釣忍が鳴っている。聖たちが無事、買い物を済ませたらしい。ほう、と息を吐く。うちの近くの道を、小学生らしき児童たちが歓声と共に通り過ぎる。今日は学校が早く終わったのだろうか。平日なので休みだったとは思えない。

 白蛇がひょっこり顔を出して、かささぎの正面に回った。話はしていたので、かささぎも別段、慌てない。例の子か、と言って手を伸ばしさえする。白蛇は大人しく撫でられるままになっている。

 

 聖を氷塊に閉じ込めるのは、誰あろう私なのかもしれない。


 強過ぎて悲しい、だからこそ私と共鳴出来たあの人を。私は右手で額を覆った。

「どうしたの、姉さん。しんどい?」

「いいえ、大丈夫です。かささぎさんは」

「ん?」

「いえ、かささぎさんは、聖さんを恐れないでいてくれますか……」

 かささぎがきょとんとする。

「怖いとは思ってないよ。そりゃあ、今回みたいに怒ったらおっかないけどさ」

 私は微笑した。優しいかささぎは、きちんと聖を人間扱いしてくれる。そのことがとても嬉しかったのだ。目元を擦る。少し眠い。

「どうしたの、姉さん。しんどい?」

「あ、いえ。眠気が」

「布団敷くから眠りなよ」

 床上げしたものの、体調はまだ万全とは言い切れない。私はかささぎの言葉に甘えることにした。着物から浴衣に着替える。

 布団に入るとすぐに微睡んだ。夢の中では聖が氷塊の中、独りだった。私は手を伸ばして氷に触れた。聖の一対の紅玉が見たかった。

 私は一度も聖を〝鬼兎〟と思ったことがない。

 鬼と称するには余りに優しい心の持ち主だからだ。彼の怒りは自然の脅威に似て、止むを得ず生じる。私は聖と触れ合い、どこまでも溶け合ったから、彼を何ら恐れるものではない。

 やがて氷塊は割れ、中から出て来た聖に私は抱き締められた。

 夢の中であっても私は陶然として、欲しかった温もりに深々と沈み甘えた。



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