グッドイブニング
藤一郎と晃一郎は、珍しく夕食を外で摂っていた。家はどこよりも居心地の良い場所ではあるが、たまには男同士で飲みたい時もある。秀一郎とは調整がつかなかった。品の良い居酒屋といった日本料理屋で、藤一郎はお通しの豚肉酢味噌和えを食べている。晃一郎も食べつつ飲む。酔客の笑い声が賑やかで、天井にはぼんぼりのような丸く赤い照明がある。
「こと様にはお辛いところだったな」
やはり話題はそうしたところに向かう。藤一郎の美貌は、憂いさえ添え物の花としてしまう。一方、三兄弟の中で最も父である玲一に似た晃一郎は、憂いを浮かべると苦み走った色気が出る。
「そうだな、兄さん。俺たちは所詮、男だから、子を亡くした母の悲哀というものにはピンと来ない。でも、母さんが俺たちの誰かを流していたらと思うと……」
うん、と藤一郎は頷き、弟の盃に酒を注いだ。
「そんな想像はしたくもない。けれど、それを体験されてしまったのが、誰あろうこと様だ……」
晃一郎は眉間の皺を揉みほぐす。
「因果応報と言う言葉は、これには当たらないだろう。なぜ、という疑問符を何百回繰り返しても答えは出ない。兄さん。俺はおかしいかな。気分がひどく沈んでいるんだ。これならかたたとらや白夕たちと一戦交えたほうが楽なくらいに」
「お前だけじゃない、晃一郎……。だから今日は一緒に飲みたかった。しかし、こと様はお強い。もう立て直されたと聴く。もちろん、そこに至るまでの苦痛と悲嘆は想像して余りあるものだけれど……」
鯛あらの煮付けが鉢に入って運ばれて来た。春の旬である。
「――――音ノ瀬大海と隼太さえいなければ」
「それは違う、晃一郎。選ばれたのはこと様だ。彼らを恨むのは筋違いというものだ」
「解っている、兄さん。理屈では、よく解っているんだ。でも、こと様が彼らに温情さえかけなかったら、今回の事態は防げたんじゃないかと思うと」
晃一郎はぐいっと盃を干し、息を吐く。
藤一郎が、どこか遠いところを見る目をする。全身に憂いが香り、匂やかだ。藤一郎の皮肉は、本人が悲しむ程に、その女性的な美貌が際立つ点だ。まさに垂れ下がる藤の花房が風に揺れるようである。
「聖様にもお辛いところだっただろう……」
ぽつりと呟いた兄の言葉に、晃一郎は顔をしかめた。非難や反発ゆえではなく、同意の為に。揚げ出し豆腐を口に入れる。出汁が濃厚で豆腐から染み出た汁が殊の外、美味い。
「良い店だな」
「うん。今度、彼女を連れて来てやると良い」
晃一郎が盛大にむせた。
「な、お、」
「知ってるよ。同期の女性と交際始めたって?」
はあああああ、と晃一郎が溜息を吐く。
「風かあ。音ノ瀬に隠し事は出来ないな」
ふふ、と藤一郎が笑む。
「仲良くやりなよ。吉報は多い程、良い。特に今みたいな時はね」
「はあ」
晃一郎は、口の周りをおしぼりで拭いた。




