糸はピンと頬はぷくりと
見えない糸がピンと張ったような緊張感がある。日々これ戦いである。私は完全に床上げし、日常の生活に戻った。それでも撫子たちは私を気遣いながら、家事を余りさせてくれない。
「もーちゃんと遊んだってください」
そう言って台所から追い遣られる。遺憾である。ぽよぽよしたもーちゃんを抱っこして、することもなく縁側に座る。かささぎが来て、話し相手をしてくれる。これは悪くない。今日は冷える。関東では数日前、観測史上でも早い真夏日を記録したそうだが、ここ最近の気候はどうなっている。そんな話をしながら時間を過ごすのは贅沢だ。
「聖さんは?」
「芳江さんと買い物に出ています」
「なら安心だね」
すると私の携帯が鳴る。
「もしもし」
『国産牛ロース三百グラムが特売されていますがどうしましょうか』
「消費期限は」
『明日まで』
私の脳裏にふくよかでたくましい筋肉を持つ撫子の姿が浮かぶ。
「十パック買ってください」
『解りました』
「ああ、それから、わさび味の柿の種も一緒に」
『はい』
シニア携帯なら使えるんだよな、聖。国産牛かあ。カレーにするか、ステーキにするか。思わず生唾を呑む。
痛みがこのようにして鈍麻していく。私はかささぎの頭をよしよしと撫でた。
「な、何、姉さん」
「かささぎさんは可愛いなあと思いまして」
「俺、男だけど」
「目に入れても痛くない弟ですよ」
私はにこにこしてしまう。楓は今日、学校だ。楓もまた、目に入れても痛くない。私は愛する者が多い。欲張りは、駄目だろうか。そんなことをかささぎに問いかけると、笑われた。
「みんなが姉さんのこと好きだからさ。景君だって、今ではほだされてるよ」
「そうでしょうか」
もーちゃんがその通りだとでも言うように、身体をすりすり擦りつけてきて可愛い。釣忍が鳴り、月桃香が匂う。聖たちがもうすぐ帰宅すると風が知らせる。
風はアーサーたちや白夕らの動向も知らせてくれる。彼らは私の快復を待ってくれていたのだろうか。いや、不可抗力だろう。ふるさとにまで行く術を持たなかっただけの話だ、きっと。
私はそれからかささぎとソリティアをやって、三個の差で勝った。もう一度、の勝負を三度挑まれ、三勝したので、かささぎの頬はぷくりと膨れた。ああ、可愛い奴だなあ、もう。




