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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第六章
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狩りの時間

 アーサーは怜悧な緑の目を眇めた。獲物が手出し出来る圏内に戻った。

「音ノ瀬こと、快復したのか」

「いや。まだそう判断するには日が浅い。ひとまず、危機的状況を脱したといったところだろう」

 一色が慎重に眼鏡の縁を撫でる。会社の休憩室。アーサーは紅茶を、一色はコーヒーを飲んでいる。社の紅茶は飲めたものではないので、アーサーは魔法瓶に入れた紅茶持参だ。紙コップで飲むのは彼の美学に反するので、魔法瓶の蓋で飲んでいる。

「何にせよ、襲撃が可能となった」

「本拠地を叩くなら、総出で行くほうが良い。もしくは、音ノ瀬聖が単独で動くところを狙うか。いずれにせよ雅山さんとの連携は必須だ」

「アンデッドを回収出来れば良いんだがな。奴は今、音ノ瀬の管理下なんだろう」

「ああ。単独で逃亡も難しいようだから、彼には期待しないほうが良い」

 アーサーは紅茶の水面に目を落とす。水面から自分と同じ顔が見ている。白夕とさだめとの戦いは骨だった。雅山がいなければ、自分は今頃、躯となり、ホームズは主を喪っていたのだろう。そう思うと片桐の采配に感謝の念が湧く。あれも暗愚ではないのだ、と評価する。

「雅山さんは娘がいる」

 アーサーの目が大きくなる。

「妻帯していたのか」

「昔な。もう離婚して、長年、娘さんにも会っていないらしい。アーサーは俺より入社が遅かったから、知らなくても無理はない」

「死神に妻と娘か……」

「その呼び方は止めろ。雅山さんも望んでそうなった訳じゃない」

「望んでなった訳ではないのは、君もじゃないのか、一色。そして、俺もだ」

「…………」

「内奥に傷を持つのは、雅山さんだけでも、音ノ瀬ことだけでもない」

 アーサーは、紅茶を飲み終えると魔法瓶の蓋を閉めて一色を眺め遣る。今日は気温が低い。高温と低温を繰り返し、気づけば春は去り夏になっている。ここ数年、いつもそうなっているように思う。

「……母に電話してみるか」

「珍しいな、アーサー」

「たまにはね」


「聖さんは単独行動を避けてください。外出はなるべく、複数で」

 私が本家に戻った以上、かたたとらコーポレーションも白夕たちも、ここぞとばかり私や聖を狙って来るだろう。特に、ネクタイピンを下げた聖はかたたとらの標的になりやすい。聖は、私の指示に頷いた。

 今、私の左手の薬指と中指には指輪が嵌まっている。サイズ調整してもらった物だ。手首には花に変じたブレスレット。それら全て、置き捨てようとした過去の私がいる。何という愚行だったことか。

 客間には私と聖と、そして俊介。

 彼には、全ての事情を打ち明けた。予想通り、この世の終わりのように落ち込んでいる。

「えい」

 私は俊介の頭にチョップした。俊介が目を丸くする。

「今は落ち込んでいる余裕などないし、もうその時間は過ぎたのですよ、俊介さん」

「俺は。……何も出来ませんでした。ことさんたちが大変な時に」

 私は柔らかく彼を見つめる。

「貴方にはいつも助けられていますよ。今日だって、カリフラワーや大根、柚子味噌を運んで来てくれた。それらのことがどれだけ救いになっていることか」

「それくらいのこと……」

「それくらいのことが大事です。頼りにしています、俊介さん」

 俊介の濃やかな人柄は、周りを和ませる。戦塵を忘れさせてくれる。例え一時でも。俊介は潤んだ目で私を見ていたが、ごしごしと目元を乱暴に擦り、はい、と答えた。



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