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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第六章
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甘くもなくしょっぱくもなく

 雅山はうどん屋にいた。大事にあたる前、必ずおかめうどんを食べたくなる。行きつけの、駅近くにあるうどん屋は少々高いが味が良く、昼時には人で一杯になる。今も店内は混んでいて、雅山は四人掛けのテーブルに相席していた。傍らには蛇の目傘。今日は晴れの予報だが、それはこの際、関係ない。

 このうどん屋のおかめうどんは美味しい。鶏肉やかまぼこ、甘い椎茸などを食べて、雅山は必ず最後に三角の黄色い卵焼きを残す。味は甘くもなくしょっぱくもない。出汁の風味が活かされた逸品だ。まずうどんを食べる前に、瓢箪(ひょうたん)の薬味入れに入った七味唐辛子を全体に振りかけるのが決まりだ。うどん全体に適度な辛さがぴりりと行き渡り、味が締まる。

 貴方、そういう食べ方が好きね、と毎回のように言っていた妻とは随分前に離婚した。当時、三歳だった娘は雅山の顔を憶えていないだろう。絶対に会わせないと妻には言われた。雅山は彼女を泣かせてばかりだったから、恨まれるのも仕方ないと思う。よく笑う女性だったが、雅山と結婚してからは憂いがちになり、泣き顔になることが増えた。


〝また、誰か殺したの?〟


 虚ろな目で訊かれた時、即答出来なかった。雅山の仕事は、そういう仕事で、だからこそ裕福に暮らしていけるというジレンマに妻は苦しんでいた。離婚を切り出された日は雨だった。蛇の目傘の刃を血で濡らして帰ると、無表情の妻が立って、雅山を見た。彼女の唇が別れて頂戴と動くのを、雅山はぼんやりと見ていた。

 雅山は彼女の願いを受け容れた。毎月、高額の養育費も振り込んでいる。金が要る。皮肉なことに、金の為の殺しを嫌った妻と、その間に出来た娘を生かす為、雅山はより一層、殺しの仕事に精を出す必要が生じた。かたたとらコーポレーションは、その分まだ優良企業で、殺しを命じられることは余りない。

 音ノ瀬ことが本家に戻ったという情報が雅山の耳に入ったのは一昨日。流産の後の療養は終えたのだろうか。娘の顔が浮かぶ。ともあれ、サファイアのネクタイピンを奪取しなければならない。雅山は柔らかな麺と汁を啜った。最後に残った卵焼きを口の中でゆっくり味わいながら咀嚼する。この絶妙なバランスの味はどうやって生まれるのか、毎回、つくづく不思議だ。だいぶ腹も膨れたが、追加で稲荷を頼もうか迷う。結局、注文し、来る間、緑茶を飲む。

 人を殺すのに躊躇はない。けれど、そう思えば思う程、今はもう遠い妻子の姿が、更に霞がかったようになるのが我ながら不思議だった。



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