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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第六章
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暇が虎を殺そうとした

 妙に暑い日だった。ここのところ気温の高低が激しく、体調管理に気が抜けない。アーサーは家路を辿りながらネクタイを緩める。途中、コンビニの前でたむろする若者たちを見かけた。居場所がないのだろうか。そう思いつつも同情や軽蔑にまで至らないのがアーサーである。感情が希薄なところがそもそもあった。今、最も気に掛ける相手はと問われたら数秒の後、ホームズか一色と答えるかもしれない。同僚と猫を秤にかけることに躊躇がない。

 ざら、とした違和感を覚えたのは、自宅であるマンション近くまで来た時だった。

抜き身の刀を引っさげた少年が道の真ん中、まるで落とし物のように立っている。寄る辺ない在り様に、アーサーの警戒心が微弱ながら薄れる。

「架橋さだめ君。だったね」

 揺らぐ視線はアーサーを捉えた。深い漆黒の双眸。

「三つ巴にはならないと思っていたが」

「白夕の指示だ。俺は知らない」

「君は傀儡に収まる器ではないだろうに」

 さだめが目を眇めた。

「日本語をよく知っている。正しいよ、あんたの言い分は。暇だったから俺が提案した。だから、正確には白夕の了承を得た、だ」

「暇は虎を殺すか」

 アーサーは金糸の束を取り出す。しゅるしゅるとそれは目にも止まらぬ速さで伸びて、さだめに迫る。さだめはそれを刃で弾いた。

 頭上には赤い月。ほぼ満ちている。

「裏闇通り」

 黒い鉄柱が、今度はアーサーに向かう。アーサーは跳躍してその一つに飛び乗ると、疾駆した。それこそ刀剣の間合いに入る。金糸を撚り固め、鋭利に仕立てさだめの胸部を目指す。体術に秀でるのはアーサーだけではない。さだめも俊敏に後退してこれをかわした。刀と糸束が打ち合い音高く歌う。数撃、歌は鳴り響いた。その間、アーサーはこの戦闘を俯瞰し、頭の片隅で愛猫であるホームズのことを考えていた。早く帰ってやらなければ。ホームズは賢いが、寂しさを感じない訳ではない。

 互いに間合いを取った時、さだめが口を開いた。物憂げな表情が彼には不似合いだ。

「知らないんだな」

「何を」

「音ノ瀬こと」

「彼女が?」

「引き籠る理由」

「君は知っているのか」

 飛行機がはるか上空を横切る。さだめは頷く。アーサーは知りたいという欲求に駆られ、次にさだめが言葉を発するのを心待ちにしたが、さだめは口を閉ざした。焦れて、急かす。

「そこまで言って出し惜しみかい」

「流産したからだ」

 その発言が、最初、アーサーの中で形にならなかった。ようやく頭がそれを理解した時、さだめが間近に迫っていた。

 黒い呪符の飛来は、さだめのみならずアーサーの予測をも超えていた。さだめが勘に基づいてこれを避ける。

「雅山さん……」

「こんばんはあ。じめった夜だねえ」

 通称・死神と呼ばれる男がなぜ今、蛇の目傘から隠し刃を抜き放ってここにいるのか。

 二人の心の声が聴こえたように雅山が肩を竦める。

「片桐社長のお言いつけで。次にアーサー君たちが戦闘を開始しそうなら援護しろと」

 それだけの情報でこの場面に遭遇するとは、予感の的中率が高過ぎるだろうとアーサーは思った。しかしこれで二対一、戦局が有利になったとは言い難い。なぜなら、ゆらりと綻ぶ酔芙蓉の気配を感じたからだ。雅山も同じだったらしく、さだめから離れ呪符を乱発する。

 そのことごとく、斬り落とした白夕は憂い顔だった。



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