春キャベツ
かたたとらコーポレーションのことも、白夕たちのことも、私の頭にはなかった。子を流したという事実の前に、完膚なきまでに打ちのめされ、身体が欲していたこともあり、現実逃避も兼ねて眠りを貪った。聖は一言も私を責めない。いつからか劉鳴殿もいて、私に労わる眼差しを注いだ。
「貴方は何も悪くありませんよ。今はしっかり養生なさい」
昔、重音嬢にも言われた。そんな優しさを受け取る価値が私にあるのだろうか。人を殺したのに? 私が注意を怠っていたから、妊娠にもすぐにそうとは気づけなかった。
夢を見た。
聖とかささぎと楓と、それから赤ん坊を抱いている夢。それが夢だと解っているから、私は悲しくなった。
目を覚ましたら真葛の顔があり、また夢を見ているのかと思う。
彼女が泣いていたので、私はとても驚いた。気丈な真葛が泣いているところを、私はこれまで一度も見たことがない。どうして、と小声で囁くと、真葛は涙を拭いて、かぶりを振った。それから、美味しい卵雑炊を作って持って来てくれた。
私はずっとふわふわとした心地だった。何が現実で何が夢であるのかも見失いかけている。夢であるなら、何と残酷で優しい夢か。
白っぽい色のイメージで毎日が染められる。
シャボン玉の歌を思い出す。
あれは流れた子を想った歌なのだそうだ。母の、いや、母になり損ねた者の嘆きは深い。この、言い様もない絶望感。楓にも済まないと思う。きっとあの子を悲しませている。楓一人の母であれば、このような体たらくも晒さずに済んだのだろう。しかし私は聖を愛した。子を成すのも、自然の成り行きではあったのだ。
白夕は庭に立ち、薄暮の中、艶々とした緑色の椿の葉を見ていた。風がことに降りかかった事態を知らせた。ことたちを襲撃することを、常には急かすさだめが、この知らせを聴いてからは沈黙している。子を亡くした母程、悲しい生き物はない。白夕は、ことの快復を待つ積もりだ。さだめにも異存はないだろう。風が涼しく肌に感じられたので、屋内に入る。今日の夕食は豚ステーキとキャベツの味噌汁だ。誰が死んでも生きても食べねばならぬ。健常で冷徹な摂理だ。白夕はふと、己を生んだ母と、育てた女を思い出した。彼女らは自分を、一応は愛してくれていたのだろう。春キャベツは甘味が強く、歯に柔らかい。豚ステーキはさだめに二枚、白夕に一枚。さだめは精をつけてもっと成長しなくてはならない。この子を更に鍛えようと白夕は思う。それが、艱難辛苦を乗り越えた末に対峙することになるであろうことへの、礼儀でもある。旺盛な食欲で夕飯をたいらげるさだめを見ていると、父性のようなものが湧いて来る。こんな感情を自分が持つ日が来るとは思わなかった。ことは愛情深い女性だ。楓に対する態度からもそれは瞭然だ。そんな彼女が、腹に宿した子を亡くしたと考えると他人事とは思えず、白夕は暗澹とした気分になるのだった。




