風が吹いたら揺り籠落ちる
かなでは飲んで食べて寝てを繰り返した数日後、ようやく動いた。楓はその間、余程、彼女を急かそうかと考えたが、奔放な気性のかなでの手綱を執ることの難しさを、劉鳴から聴いて知らされていた為、まんじりともせず過ごし、我慢した。かなでが聖と恭司と共に家を出た時は、内心で大きな息を吐いたものだ。
恭司は勝手知ったる家路を辿り、聖とかなでを導く。ここしばらく麗らかな陽気が続いていたが、今日は少し冷える。体温調節に苦慮する時節だ。雲海が広がる中、太陽が貴重な黄金のように一点、輝きを放っている。
恭司たちを見た隼太の態度はにべもなかった。
「帰れ」
そのまま、ドアを閉めようとする。取り付く島もない。かなでがハイカットのスニーカーをドアの隙間にねじ込んで、無理矢理にこじ開けた。
「ことを迎えに来たんだよ。いるんだろ。出せ」
「あいつはもう動かない」
「うるせえなあ。お前の理屈なんざ知らねえんだよ。あたしは、あいつのガキに雇われて迎えに来てんだから」
隼太の眉根が寄る。
「力づくでも、か」
「良いぜ。そっちがその気なら」
聖と恭司は口を挟まず、成り行きを見守っている。近くで烏がかあ、と鳴いた。隼太だろうか。
「……具合が悪いんだ。今、ここでどんぱちやるのも、移動させるのも得策じゃない」
隼太にしては神妙な口振りに、聖は俄かに不安を掻き立てられた。思わず身を乗り出す。
「ご病気か」
「よくわからん。ここ数日、寝たきりだ」
「……こと様のご容態によっては無理に動かす気はない。顔を見たい」
隼太は数秒、沈黙した後、聖たちを招き入れた。
私は忘我の心地だった。大海や隼太が傍を訪れては去って行った、朧げな記憶がある。大海は私をとても心配して、消化の良さそうなお粥や麺類を作って運んでくれた。大海と、隼太が部屋の入口で何か小競り合いしていると思ったら、二人は引っ込み、代わりに聖が顔を出した。
夢かと思った。
私はあんなに酷いことをしたのに、聖がいてくれる筈はないから。だから夢かと。けれど、聖は跪き、私の顔をあの紅玉の瞳で覗き込んだのだ。
「こと様。お具合が悪いと聴きました。何か、入り用な物があれば」
「聖さん」
「はい」
「ごめんなさい」
「こと様が謝られることは、何もありません」
「ごめんなさい、私」
ひゅ、と私は息を呑んだ。今から口にすることが恐ろしくて、聖に見放されるのではと辛くて、胸がそうした危惧で詰まった。
「何があってもこと様を責めません。こと様のなさることであれば何であれ、僕は受け容れます」
「違います。私は」
逃げ出したい。
私はきっと地獄に落ちるから。聖が許しても天か、それに近しいものは私の罪を糾弾するだろうから。
「貴方との子供を流しました」




