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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第六章
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インクルージョン

 隼太が、私の顔を見るなり眉根を寄せた。この男も、付き合う内に随分と表情豊かになったものだ。外は春風が舞い踊る。

「お前、顔色が悪いぞ」

「そうですか?」

 私は夕食の用意をしていた。人参と牛蒡の金平。ありふれているけれど大切な食卓を、灯火のようにして照らす為に。しかし隼太は問答無用で、私の手から菜箸を奪い取った。コンロの火を消すと、換気扇の音だけが室内に響く。私の視界が、一瞬、真っ白になる。気づけばその場にうずくまりそうなところ、隼太に両腕を掴まれ、支えられていた。

「ここは良いから寝ていろ」

「でも、夕食が」

「後は大海にやらせる。お前が不調だと言えば文句も言わないだろう」

 ここで自分が買って出ないところが如何にも隼太だ。私は、のろのろとエプロンのリボンを解いた。隼太の言うことを大人しく聞かなければ、大海まで私を心配するだろう。大海は私が一人、部屋を使うことについて、別段とやかくは言わなかった。彼の中における世界と理屈の整合性は不明だ。

 押し入れから布団を取り出して敷く。それだけのことで息が切れていた。無理が祟ったか。買ってもらった浴衣に着替えて横になると、防虫剤の、何かのハーブのような芳香がした。月桃香ではないから私の真の安らぎには繋がらないが、それでも落ち着くものはある。植物は、何かと人に優しい。夕暮れの金色が部屋にも忍び入り、私の部屋は琥珀の海となった。その中、微睡む私はインクルージョンだろうか。琥珀の樹液に閉じ込められた羽虫のよう。

 トン、と部屋の戸がノックされた。この足音は大海だ。私は、目線だけが自由で身体の自由が今は利かない。

「隼太に聴いたよ」

 言うな莫迦、と内心で隼太に悪態を吐く。けれど、遅かれ早かれ私の不調は大海の知れるところとなったのだろうから、これは八つ当たりだ。大海が私の額に大きな手を当てる。ひんやりとして心地好いが、私が求める手とは異なる。そうした物思いを押し殺して、私は微笑を何とか拵えた。

「少し、風邪気味なだけなの。大海、心配しないで」

「うん。何か欲しい物はあるかい?」

「あの子の、隼太の傍にいてあげて」

「解った。他には」

「フルーツゼリーが食べたい」

 私が、磨理としてこの家に来て、初めて言った我儘かもしれない。大海の顔に邪気のない笑みが浮かんだ。心なし、嬉しそうだ。〝磨理の為に〟出来ることが与えられたからだろう。我ながら罪なことをしている。琥珀の海から大海が抜け出る。航海を終えた船人のようだ。私は未だ海に囚われている。やがて抗し難い眠気が訪れ、私は目を閉じた。


 麒麟は、珍しく険しい顔をしていた。

 彼は陰陽師だ。然るべき手順に則り、未来を予知・予測することも可能である。そしてそうした(さき)()の術において、私情を挟むことは禁物だった。水草が不安そうに主人を見守っている。麒麟の為に夕食を作ったが、肝心の麒麟はそれどころではない様子で、ずっと宙を睨んでいるのだ。麒麟は、前以てことに言うべきことは言っていた。だが、それが幸先良い未来への舵を切る行為と等しいとは限らない。先視が覆ることはごく稀だ。両の手は、箸に向かうことなく、握り締められている。


 命が流れる。


 掬っても掬っても、零れ落ちるものは後を絶たない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ロシアのことわざ」でも同じことを思ったのですが、緊迫した雰囲気でもどことない雅を感じるというか。 意図していらっしゃるのかはわかりませんが... これは九藤さんの知識や文才の賜物なのかも…
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