春告げ鳥
結局、大海を放置して、私と聖、かささぎと劉鳴殿、恭司は家まで、文字通り〝飛んで〟帰った。ホテルの支払いは、戻った隼太が何とかするだろう。家の庭に降り立つ。ああ、我が家だ。うちの庭だ。ホテルのように豪勢ではなく、小ぢんまりとしているが、愛着のある庭。釣忍が風に躍っている。
硝子戸を開けて、靴を脱いで私たちは客間に上がった。丁度、炬燵に入っていた撫子と芳江が目を丸くしている。撫子がすわ、と立ち上がると、どどど、とこちらに突進、我々を、そのたくましい腕に抱き締めた。
「お帰りなさいませ……!!」
感極まる声は、濡れている。
私は彼女の腕にとん、と触れた。縛めは解かれ、まだぼんやりしたかささぎをともかくも皆で炬燵に押し込む。摩耶と楓も騒ぎを聞きつけて来て、かささぎの姿を見て安堵した表情になる。今日も客間には月桃香が焚かれている。もーちゃんがぼよよん、とじゃれついて来て、いよいよ帰還した感慨が深い。芳江がすぐに湯の準備をしてくれる。次はご飯だ。滋養のあるご飯を作ろう。風呂が沸いたら、芳江がさあさあとかささぎの背を押して行った。かささぎが入浴する間に昼食を作る。豆腐とわかめの味噌汁、出汁巻き卵、大根おろしとなめこ、その三品だけだが、如何にも家に帰った実感が湧いて良いだろう。
風呂から上がったかささぎと皆でテーブルを囲む。聖の記憶喪失など、色々と積もる話は尽きない。かささぎの表情は和やかだ。……目も、もう充血していない。これからもまだ、気は抜けないかもしれない。かささぎが隼太憎しの一念を、思い出さないとも限らない。けれど、彼は今、我が家にいて、食卓を囲んでいる。その事実が何より肝要だった。
ぬるま湯に溺れろ。憎しみだけで生きていける程、人は強くない。愛情だけで生きていける程、人は弱くない。恭司の隣に座る楓は、とても嬉しそうだ。良かった。あの子に彼を無事に返してやれた。
昼食後、聖と久し振りに二人の部屋に入った。旅行の荷物を整理すると、聖が梅昆布茶を持って来てくれた。
「有り難うございます」
「いいえ」
聖の記憶は、まだ戻らないのだろうか。
そう思う、私の心の声が聴こえたように、聖が口を開いた。
「朧げですが、色々、思い出して来ました。この分ですと、記憶の快復もそう遠くないのではないかと」
「そうですか……」
聖が部屋を見回している。僅かに赤面している。珍しい。聖は昔から、思考が余り面に出ない性分だ。
「かささぎ君のこと、良かったです」
「ええ」
旅の疲れか、諸々、気が抜けたからか、私は睡魔に襲われた。聖の胸に、ぽすん、と頭を預けると、聖が両手を上げ下げした。慌てている。
「こと様。布団を敷くのでお待ちください」
「帰って来れたね……」
「……はい」
「貴方も、かささぎも、もう離さないから」
「…………」
聖が何と答えたか記憶にない。
只、私の目尻を優しく拭う指の感触だけが明瞭で、何より私に幸福を教えた。




