表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第四章
68/817

我ら流浪

 隼太と話をさせて欲しい、という私の頼みを聴いた聖の目が、僅かばかり、苦しそうに歪んだ。

 その変化は微細なもので、私だから判ったのだろう。

 揺れた紅玉のようだった。

 よくよく見れば、濡れたあとらしい。

 綺麗だが悲しい。


(……泣いたの?)


 強い貴方が。

 私の知る内でも最も強靭な心を持つ貴方が、涙するなんて。

 私が倒れ、〝磨理でいた〟間、聖や秀一郎に何があったか、知ることは出来ない。


「こと様。……それは、御命令ですか」


「いいえ。お願いです。当主としての務めを隠れ蓑にした、狡い私の我が儘です」


 赤い双眸が細まった。


 聖はきっと知らないだろう。

 私が一番、愛する色を。

 澄んだ紅玉の赤だとは。


「僕にそこまでの人格者を期待しないでください。今すぐ、貴方に触れている男を引き剥がして、貴方の涙を拭きたいのに。貴方が思っておられる程、僕は清廉な男じゃない――――僕は、」


 私も。私も、泣いた貴方を慰めてあげたい。

 でも。


「私のウサギさんですよね」


 私は卑怯なコトノハを心から煎じた。

 愛する赤色が大きくなる。


「どんな貴方でも。聖さんは私のウサギさんです。ずっと」


 例え私の為に黒く染まろうとした時があったとしても。


 私は、大海の頭を撫でた。本来であれば白髪と化している筈であろう、黒い髪を。

 磨理が生きていれば散髪して、整えてやったのであろう髪を。


「大海さん。少し眠りましょう。ね?」

「……嫌だ。眠れば君は、逝ってしまうだろう、そうだろう、……そうだろう!? 嫌だっ」

 ぐずる子供のように、大海が頭をいやいや、と振った。


 私は磨理であった時の、彼女の心を手繰り寄せた。


「――――貴方が大好きよ。大海。本当を言うとね? 最初は、何てとこにお嫁に来ちゃったのかしらって、思ったりもしたけど。貴方は素敵な旦那様だったわ。〝あんな父さんでごめん〟、って、時々、謝ってくれたりして。でも、お義父様のことだって、大海は好きで。……苦しんだりも、してたわね」


 そう。大海は苦しんでいた。

 父・音ノ瀬隼人の、戦争への異常な執着。

 コトノハへの執着。自負。

 音ノ瀬本家への反発、妬み。

 それらを息子や孫にまで強いようとした在り様に。


 嘆いていたから、磨理は、そんな大海を支えたいと願った。

 傍で支え、励まし続けようと願い――――――――。



 願い虚しく、病で果てた。

 その無念。



「ごめんなさい、大海。ごめんなさい。……夢で、待ってるわ」


 後半、強いコトノハを処方すると、大海の身体から力が抜けた。

 私は複雑な表情で立っている隼太に呼びかけた。


「隼太さん。お父様を、休ませてあげてください。寝床まで運んであげていただけませんか。しばらくはゆっくり、眠れるように。その間、私はお茶を淹れて貴方をお待ちしています」


 今度は、居並ぶ人間全員の視線が隼太に集中した。

 その視線のいずれもが、刺すような鋭さでなく、どちらかと言えば穏やかで、労わる部類のものだった。


 暖流めいた空気の中、隼太は異国に紛れ込んだ人のように佇んでいた。

 そこだけ、温度差があるのだ。


 長い流浪を、彼も続けていたのだろう。


(寂しかったね……)


 その思考が、自分のものであるのか、磨理の心の残滓であるのか、私にも解らない。

 沈黙のあと、隼太が進み出て、大海の身体を引き取った。背に被せるようにして、大海の左腕を肩に回し。

 絨毯の上を、大海の靴がずるずると滑ってゆく。

 毛羽立ちが作る細い蛇行の流れ。


 聖も俊介も秀一郎も、黙って隼太に道を譲る。


「音ノ瀬こと。紅茶を淹れるならルイボス系以外にしろ。カフェインが強いのを選べ。俺は酒を飲む」


 部屋と廊下の境近くで、隼太が背を向けたまま言う。


「それから、ガキは遠ざけとけ。教育衛生上によろしくない話を、聴かせたいのでなければな」


 私は、まだ私に身を寄せたままの楓を見る。

 

 ……この子が私に向ける澄んだ目の得難さ。

 短時間であっても、磨理として過ごしたあとだからこそ一層、沁みる。


「お気遣いに感謝します」

 礼を言い終える前に、隼太と大海は私の視界から消えた。


「楓さん。私はあの人と大事なお話をしなければなりません」

「はい。……ひーくんたちと、待ってるね」

 語尾が震えている。

 楓の我慢が伝わる。

 私は彼女を渾身の力で抱き締めた。

 言葉が出ない。


 ――――この子もまた、流浪の子。

 定かな根を持てず、彷徨っていた。



 流浪の子が、流浪の人が、満ち溢れている。

 道々に溢れている。



 それら全てを掬い上げるコトノハなど無い。


 だからせめてものコトノハなのだ。

 行きずりに触れ合い心通わせる為の。


 せめてもの、コトノハなのだ…………。






 

挿絵(By みてみん)







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 心を通わせるせめてものコトノハ。それがことにとってのコトノハの本質。 だが、隼太にそれが届くのか・・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ