白い大理石と深海に眠る宝
明くる早朝。私は眠る聖を起こさないように部屋を出て、隼太と大海の泊まる部屋を訪ねた。大海はまだ寝ていたが、隼太は起きていた。私の用件を知らぬでもあるまいに、平静の面持ちでロビーに誘った。雨音の歌が微かに聴こえる。若干、湿った空気は薄紫となり空気中に漂うようで、どこか日本離れしている。ロビーにはゆったりとした間隔を置いて椅子、テーブルが置かれていた。ここにもカサブランカが悲しみの音色を添える。私と隼太は小テーブルを挟んで対峙した。私は一切の前置きを省いた。
「聖さんに何をしましたか」
「生きているのか」
「はい?」
「そうだろうな。でなければ、お前が安穏と構えていられる訳がない」
「私はこれでも安穏としてはいませんが」
「バーテンに、鬼兎を殺す酒を作るよう処方したコトノハを服用させた」
「……何てことを」
「だが生きている。誤算だ」
「なぜ、そんな企てを」
隼太の瞳が真っ直ぐに私を射抜いた。
「大海にお前をくれてやろうと思って」
私は、数秒、言葉を失くした。息を吸って、吐く。小テーブルは白い大理石の表面を晒している。その優美を見て、それから再び隼太に視線を据えた。
「例え聖さんに万一のことがあっても、私は誰も選びませんよ。私が選ぶのは彼だけです。聖さん一人です」
「情に弱いお前が、大海に憐憫を感じないとは思わなかった」
「それは」
「〝磨理〟になったことのあるお前なら解るだろう。大海の想い、母さんの想い。流されないと言う保証がそれでもあるか?」
カサブランカを切ろうと思った。
「貴方は私を甘く見過ぎです。聖さんがいなければ、私は楓さんとかささぎさんを守り愛し暮らす。それだけのこと。簡単に代えが利くようであれば、大海さんとて苦しまない筈ではありませんか」
はらりはらりと想像の中、カサブランカの白い花弁が舞い落ちる。
「聖さんの記憶を戻しなさい」
極めて強い口調で、私は隼太に命じた。隼太は緩やかに、二、三度、瞬きした。
「どうせ長くはもたない。時が経てば自然と戻る。若い頃の思い出を反芻するのも良いだろう」
「どうあっても悪びれないのですね」
「俺を誰だと思っている」
「恐ろしい人だと」
奇遇だな、と隼太が呟く。薄紫に紛れるくらい小さな声だった。俺もお前を恐ろしい女だと思っていると隼太は告げて、それきり、押し黙った。掛ける言葉はいくつもあった。私はもっと隼太を責め、詰っても良い筈だった。しかし実際には、私は隼太を只、眺めるばかりで何も言わない。父を思っての暴挙が、彼の人間性を示すようで、どこか深海に眠る宝を見出した心地になったのは確かだった。




