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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第四章
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昔のように

 ことが聖を呼ぶ声は、二階の廊下まで届いた。

 音ノ瀬家当主に相応しい朗々たる声、と言うには、切羽詰まったものを感じさせる声音だ。


(……目覚めたか、音ノ瀬こと)


 狂った父に供した夢は、本当に一睡だったらしい。

 大海は今頃、嘆いていよう。帰らぬ母の名を呼びながら。

 聖を窺うと、静かにも凛然としていた彼の赤い双眸が、夢見るように和んでいた。


 隼太を見て、柔らかに微笑する。


 窓から射し込む陽に包まれた聖の様子が、幸福に微睡むようであるのを、隼太は訝しんだ。光を受けて輝く艶めいた白髪を眩しいくらいに思う自分に、隼太は内心舌打ちした。


 ――――音ノ瀬の、神聖など。


 睨む隼太の眼光をいなして、聖が確認と宣言を兼ねた言葉を紡ぐ。

「一階の舞踏会は終わったようだね」

「何をにやついている」

「昔を思い出しただけだ。さあ、君も行くだろう?こと様のもとへ」


 聖は隼太の返答を待たず、身体の向きを変え、さっさと階段に向かう。

 一見、無防備でいて、隙の無い背中を尚も睨みながら、隼太も同方向に進む。コートの裂け目を一度だけ、指で撫でた。


 隼太が奇妙な顔をするのも道理だ、と聖は思った。

 ことに名指しで呼ばれ、彼は回想したのだ。

 主家の小さな姫君と、隠れん坊して遊んだ頃の、懐かしい記憶を。

 ことが隠れる時、聖は程良い時間の長さを見計らって、彼女を見つけた。

 縁側の下、桜の樹の上、竹林の中でも、見失わずに。

 年齢差や、風の知らせを鑑みれば不思議でもない。

 逆に、ことが鬼になった時は、これも程良い頃合いの隠れ場所に潜んで、わざと見つかるように仕向けた。

 それでも、どうしても聖の姿が見当たらない時、ことはいつも大声で叫んだのだ。


〝ウサギさん!どこですか!!〟


 そうすると聖はすぐに降参して、ことの前に歩み出る。

 ことは駆け寄り飛びついた。


 隠れん坊の鬼となった姫君が、鬼兎と称される自分を求め、声を上げてくれる。

 それがどれだけ嬉しかったか、ことは知らない。

 五年離れても。

 嗜好を憶えていてくれ、〝私のウサギさん〟と呼んでくれた。

 それがどれだけ嬉しかったか。


 一階の階段横。開いた扉の前で、少年を肩に担ぎ上げた秀一郎と鉢合わせした。

 両者、目を見張り、相手の無事に安堵する。

 秀一郎が聖の変化に驚いたのはほんの一瞬だった。

 室内にちらりと視線を遣り、聖に先を譲る。

 後ろから来た隼太の前には半歩出て、無言で牽制した。


「こと様」


 楓と大海に縋られたことが、聖を見る。

 頬には涙。

 ちぐはぐな親子のような一塊より、聖はそちらのほうに目を惹きつけられた。


 両親が帰らぬと嘆いて以来、初めての、ことの泣き顔。






 私は楓と大海を抱え、身動き出来なかった。

 悲しくて遣る瀬無くて。


 呼んだら、聖が来た。

 来てくれた。昔のように。

 当たり前のように、昔のように。

 私は昔のように我が儘姫だと呆れられているだろうか。

 聖の顔は少し茫然として見える。


「聖さん」

「……はい」

「私は」

「はい」

「務めを果たさねばなりません」

「……はい」


 私はここで一端、両目を閉じて、深く息を吸った。

 目を開けると、聖と、楓と俊介の視線を感じた。

 入口に立つ秀一郎と、隼太の視線も。大海は私に頭を押しつけ、背を丸めたままだ。

 また聖に視線を戻す。


「コトノハを、洩らさず聴きたいのです。こぼすことなく、彼らのコトノハを……」


 赤い瞳が私を促す。


「聴き逃したくないのです。間違えたくない。昔のように。隼太さんと話をさせてください」



 

 



挿絵(By みてみん)







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