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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第五章
663/817

明日の太陽

 命が、腕の中に在る。

 深夜、恭司がこの家にやって来たのだ。吹雪の残骸を髪や衣服に纏わせながら、荒い呼吸で辿り着いた。隼太は恭司を迎え入れた。左腕を怪我している。私と聖は寝床の住人だったが、隼太だけはまだ起きていた。呼び鈴に反応して、客が恭司と判ると躊躇わず戸を開けたらしい。そして私たちも目を覚まし、何事かと居間に足を運んだ。私は、ぐったりした恭司を見るや、他の何も目に入らず、彼の全身を隈なく一瞥し、左腕の流血を認めた。急いで居間に座り、恭司の上半身を抱く。

()

 血が止まる。焦げ茶色のダウンジャケットを脱がせて、セーターの左腕をめくり上げる。傷は塞がったが、ここまでの出血が心配だった。気を利かせた聖が、湯に浸けて固く絞って差し出したタオルで血を拭う。

「恭司さん。なぜ、ここに」

「楓に頼まれた」

 簡潔で明瞭な答え。それで全ての得心が行く。

「誰と仕合った?」

 心配するでもない無表情で隼太が問いを寄越す。

「かたたとらの鏡使い」

「ああ」

 心当たりがあるらしい。

「隼太さん。すぐに部屋を用意出来ますか」

「無理だ。お前らの部屋に連れて行け」

 無情な宣言に聖を見ると、彼は頷いて恭司に肩を貸した。殺したのだろうか、という疑念が私の頭をよぎる。いや、恭司はもう殺さない。楓がいる。血の臭いを、楓にまでなすりつけるような真似はしないだろう。私は手当の邪魔になると思い、恭司の左脇から外した日本刀を見つめた。それを持ち、聖たちの後を追う前に隼太を一度だけ振り返ると、彼はやはり平生の面持ちで何か思索に耽るようだった。

 恭司は、つい今しがたまで聖が寝ていた布団に寝かされた。出血のせいだろう、やはり顔色が悪い。コトノハでは輸血までは補えない。明朝まで様子を見て、必要と判断したら病院に連れて行こうと私は考えた。いつもは強い光を宿す恭司の目が、今はどこか虚ろなのが悲しい。

「あんたがそんな顔することはない」

「……楓さんは、私の為に貴方を送り出したのでしょう」

「そうだ。だが、それを承諾した時点で責任は俺自身に生じる。俺のこのざまも、あんたには関わりないことだ」

 ぴしゃりとした遮断に、恭司の成長を垣間見る。私は、彼の両目にそっと手を置いた。恭司は抵抗せずに目を閉じる。長い睫毛がそよいだ感触。

「何か口に入れますか。咽喉は渇いていませんか」

「ああ……。贅沢言って良いか」

「どうぞ」

「果物の、ホットジュースが飲みたい」

 幸いにも、林檎の果汁百パーセントジュースがある。聖がすぐに部屋を出る。温めて、持って来てくれるのだろう。

「すぐに運びます。眠れそうなら眠っても良いですよ」

 吹雪の夜は嫌だ。わけもなく心細くなる。喪う記憶を思い出す。私の内心とは裏腹に、恭司はだいぶ落ち着いた様子だった。呼吸が、先程よりも楽になっている。聖が戻り、熱い果汁の入ったマグカップを私に手渡した。

「林檎ジュースです。飲めますか」

 恭司は無言で身を起こすと、思ったよりしっかりした動作でカップを受け取り、中身を一気に飲み干した。ふう、と息を吐いた和製天使の顔は、僅かに赤味を帯びている。良かった。

「楓が寂しがってた。早いとこ、弟を連れて帰ってやれよ」

 私は嬉しかった。恭司は楓の幸いを優先する。彼女の為を本当に思っている。やがて彼が健やかな寝息を立て始めるまで、長くはかからなかった。私は遠慮する聖を自分の布団に招き入れ、団子のように二人くっついて眠りに就いた。吹雪の夜は過ぎる。明日は晴れるだろうという確信があった。



しばらく休みます。

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