表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第五章
661/817

この世で一番愚かなのはだあれ

 悪天候の中、車に乗り込み音ノ瀬家の様子を窺っていた一色典弘は、飛び出す恭司の姿を認めた。後を追えば、いずれ音ノ瀬隼太に行き着く。そこには音ノ瀬こともいるのだろう。つまりは、この時点で一色に、恭司を追わないと言う選択肢はなかった。素早く車から出て、焦げ茶色のダウンジャケットを見失わないように進む。視界は悪く、一色の眼鏡にも雪が付着しては解けた。恭司は脚が速い。しかも選ぶ道は狭く、足場が悪い。まるで野良猫のような身軽さだと一色は思った。全てが暗色に沈み、雪さえも薄ら暗い世界で、焦げ茶色を見失わないようにするのは容易ではない。一色の呼吸が荒くなり、四辻に出たところで、恭司がピタリと止まる。余りに急な停止だった。恭司が振り返り、一色と目が合う。一色は自分のミスを悟った。恭司は一色の尾行に気づいていたのだ。いつからかは解らないが、適度に開けた四辻は、恭司が選んだ戦闘場所だと知れる。

「――――かたたとらか」

 一色は、最早、隠し立ては無駄と悟った。

「ああ。一色典弘だ」

「狙いはネクタイピンだな」

「話が早くて助かる。音ノ瀬ことの場所を教えてもらえれば、更に助かるんだが」

「誰が楓の泣くような真似をするかよ」

「鏡よ鏡」

 一色の手に、丸い鏡が現われる。戦闘は不可避と最初から割り切っての会話だった。恭司は、不意に出現した鏡を警戒して、隠刀を顕現、破壊しようとしたが遅かった。鏡の中に吸い込まれる。

「素直に話してくれる気になったら、出してあげるよ」

 雪止まぬ夜に、一色の声だけが不思議と明瞭に響く。それは鏡に吸い込まれた恭司にも同様だった。

 潮の匂いがする。

 今よりもずっと若い恭司が、海を眺めている。ぽつねんとしたその姿は、侘しい。どこにも居場所がなかった。誰にも気を許さなかった。そんな昔を恭司は思い出す。この鏡の絡繰りは、精神攻撃か。大海の使う技にも似ている。心弱ければ喰われる。邪道の術だ。恭司は醒めた思考でそう判断する。生憎と、一色が望むような生易しいメンタルは持ち合わせていない。過去は過去と割り切れる強さが恭司にはあった。

 場面が転換して、危険な組織の構成員として生きる自分を見ても、恭司の心にさしたる動揺はなかった。その内、重傷を負って隼太と出逢うまで、この上映会は続くのだろうか。まだるっこしい。いっそ刀を闇雲に振り回せば、鏡から脱却出来るだろうか。


 四辻の一角、民家の石塀にもたれて、一色は恭司の様子を観察していた。吐息を一つ。隼太といい、恭司といい、妙に精神が頑健で困る。この分だと、遠からず恭司は鏡から出て来るだろう。吐息がまた一つ。白く凍えて横に飛ぶ。そもそもがこんな悪天候に、時間外労働をしている時点で一色には面白くない状況だった。報酬がはずめば良いと言う話ではない。彼は自分の時間を自分の為だけに使うことを好み、他に侵食されることを嫌っていた。アーサーが聴けば宮仕えの苦労だと諭しただろう。あれもまた、自分の時間を守りたがる男であると一色は知っている。奇しくも、宮仕えに向かないという気性において、アーサーと一色はよく似ていた。だが片桐の下で動くのは、それを仕事と割り切るからだ。大人は種々様々な割り切りをして生きる。

 そんなことを思い巡らせていたので、反応が一瞬、遅れた。黒い革手袋の持つ鏡から突き出た刃の切っ先は、確実に一色の喉元に据えられていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ