ステパンチコヴォ村
食材を買い、夕食の下拵えをして、部屋の随所を掃除して回る。廊下は雑巾がけした。それでも余る時間を、私は台所のテーブルに古新聞を広げ、傷んだシーツをジャキジャキと裁ち鋏で切りながらぼろ布を量産していた。目の前で聖も同じことをしている。黙々と無心になって集中出来ることがあるのは良い。要するに、私は隼太たちの家における暮しに早くも飽いてしまっていた。ぴりりとした緊張を心の底に押し隠し、時が過ぎるのを待つのは負荷が掛かり、且つ退屈だ。聖の首に掛かるネクタイピンを見る。かささぎたちにのみ注意を払うことも禁物。かたたとらコーポレーションが、いつこちらに来るかも定かではない。隼太は、私たちが家の中を動き回ることを当初は煩がったが、今では匙を投げたのか、もう何も言わず、相変わらず居間で何か作業に没頭している。株取引きなどだろうか。悪行含めて手広く活動している彼の行為の全てを把握するなど、例え同じ屋根の下にいようと不可能である。月桃香、釣忍の音、柱時計の音が恋しい。何より、楓たちが今も私や聖の帰還を待っていると思うと、焦燥に駆られてやきもきする時もある。ぼろ布作りはそんな時間をひたすら無作為に潰すに頃合いだった。
それすら終わり、破れ目のある籠バッグに出来たぼろ布を詰めてフックに引っ掛けると、私も聖もすることがなく、部屋に引っ込んだ。私は畳の上に端座し、持ってきた単行本であるドストエフスキーの、『ステパンチコヴォ村とその住人たち』を開き文字を追う。聖は聖で何だかの大賞を受賞したと言う児童書を開いている。彼は意外に児童書が好きだ。先日はムーミンの本を読んでいた。まあ、あれを児童書の括りに入れて良いかの議論は置いておく。相変わらず、ドストエフスキーは長文だ。彼のこの著書は、未読だった。書店に行った折り、平積みされていたので、かささぎのこともあり、手に取ったのだ。かささぎはこれも習得済みだろうか。聖が本を置き、立ち上がったので顔を上げると、視界の向こう、広がる曇天を分厚いカーテンで閉ざし、暖房を強くした。そう言えば寒波が来るらしいとラジオで言っていた。道理で冷える訳だ。聖は、まだ私の体調を気遣っている。出来た夫だ。
「面白いですか?」
不意の問い掛けに、私は聖の紅玉を見た。その一対は私の手にある本に向いている。
「それなりに。人間には色んな人がいるものだと思わされますよ」
「それは、そうでしょうね。読み終えたら僕にも貸していただけませんか」
「良いですよ。では、聖さんの本をその時に貸してください」
「はい」
トレード成立である。本好き同士の、こうした交流は華には欠けるかもしれないが、しみじみとした喜びがあり、私の胸は寒波とは無縁の温もりを得た。
金土日開店とかどうですかね…┬┴┬┴┤•ᴥ•ʔ├┬┴┬┴
『ステパンチコヴォ村とその住人たち』
ドストエフスキー
高橋知之訳




