ナポリタン
劉鳴は閉まったドアを、それからかささぎを見た。本音を言えば、出来ればここで白夕とさだめを〝始末〟しておきたい。しかし、腕に覚えのある劉鳴でも、二人を相手に勝てると豪語はしないし、何よりも今はかささぎの守りが最優先である。一対一で対峙出来る時に、白夕を処す。劉鳴は素早くそう判断を下した。
「俺、足手まとい?」
かささぎは着実に、劉鳴の僅かな表情の変化を読んでいた。劉鳴は唇に笑みを刷く。かささぎはまだ成長する。発展途上にある若者だ。であればこそ、今、死なせてしまうには惜しい。
「君は隼太君を倒すことだけを考えなさい。他は僕が対応します」
「……大人だね」
「何年生きていると思っているのですか」
普段、道化を演じていても、若者ぶった洒落者でも、劉鳴は年輪を経た大樹の如き存在だ。かささぎは、白髪の男の顔を眺め遣り、無言を返した。言葉に尽くせない時の流れはある。
「久し振りのご対面はどうだった?」
ホテルの一階、ロビー横にあるレストランで、アーサーは金髪を掻き上げながら白夕を直視した。逃がさじという強い意思が感じられる瞳だ。アーサーの隣には一色がいて、眼鏡の縁に触れている。白夕は、劉鳴たちに向けたよりは低温の表情と態度で彼らに応じた。白夕は剣客に重きを置く。
「劉鳴殿の守護は厚いですね。彼がいれば、或いはかささぎ君も本懐を遂げるかもしれません」
「そこはどうでも良いがね。こちらが追うのは音ノ瀬ことだから。音ノ瀬家を出て、夫君と二人行動というのは都合が良い。ネクタイピンは音ノ瀬聖が守護しているだろう。君が彼らの行方を知ると言うのであれば、是非とも我々に協力してもらいたい」
トマトケチャップ味のナポリタンを優雅に食しながら、アーサーは白夕に要求する。
「自力更生で願います」
「貴方はかたたとらコーポレーション側の人間だろう」
一色が口を挟む。彼はとろけるチーズと肉厚のベーコン、スクランブルエッグを挟んだトーストを食べている。アーサー共々、遅い昼食だ。
「情報は武器です。全て開陳しろと言うのは裸になれと言うも同じですよ。私は劉鳴殿たちにも音ノ瀬隼太の居所を伝えませんでした。私の存念、信念ゆえです。ここで貴方たちにだけ明かすのはフェアではない」
アーサーの、緑の双眸がすうと細くなる。
「自由にも程があるな」
「お気に召さなければ私たちを切るなりお好きにどうぞ」
くすり、とアーサーが笑う。ナポリタンを食べ終えた口元を白いナプキンで拭いた。
「出来ないと知りつつ、それを言うのはずるいね。君がそれでは、畢竟、情勢は三つ巴に近いものとなる。骨折りだな」
「宮仕えそれ即ち骨折りでしょう」
「ああ、確かに。了解した。この先、こちらも気兼ねなく自由にやらせてもらう。俺の言うことが理解出来るかな、白夕。俺たちの射程距離内に、君たちもいるということだよ」
「お互い様ですね」
凄みのあるアーサーの宣言を、白夕はさらりと流した。もとより白夕にかたたとらコーポレーションへの思い入れは極めて薄い。
「話は終わりましたね。では、私たちはこれで。ああ、それから、私たちを尾行しようとはなさらないほうが賢明ですよ。それこそ、刀剣の間合いに入ってしまいますからね」
伝票は既にアーサーの手にある。白夕はそれを一瞥すると席を立った。さだめも続く。さだめは、アーサーたちとの遣り取りに一切、口を出さなかったが、それは彼が白夕の傀儡だからではなく、必要性を感じなかったからに過ぎない。彼は彼で、小さなマグマのような灼熱を、その身の内に抱えていたのである。




