知らぬ存ぜぬ嘘真
白夕の唇が品良く動く。
「お久し振りです」
「よくここが判りましたね」
応じたのは劉鳴だ。既にベッドから降り立ち、隙のない構えである。
「裏には裏の情報があります。そちらよりは得意分野ですよ。入っても?」
それでは隼太たちの居所をも掴んでいる可能性がある。そして、それを今ここで暴露する可能性も。探り出す必要を感じ、劉鳴は首を縦に振った。白夕とさだめが入室すると、途端に部屋が狭く感じられた。
「コーヒーでも頼む?」
かささぎは気負わない口調だ。思考を読ませまいとして、彼が軽く振舞うことを、短い付き合いで劉鳴は知った。かささぎもまた、白夕たちが隼太の居所を掴んでいるのではないかと疑っているのだ。白夕はことに手酷い傷を負わせた。本来であれば一矢報いたいであろうところを、上手く感情をコントロールしている。やがてコーヒーが四つ、運ばれてきた。ミルクと砂糖はさだめの為だ。鏡の前の肘置きのついた、部屋で一番立派な椅子を劉鳴は陣取った。かささぎはベッドに腰掛け、さだめと白夕はもう一つのベッド、即ち劉鳴のベッドに断りを入れてから腰掛けている。
「わざわざこんなところまでご足労いただき、何のご用でしょう」
コーヒーカップを傾けて劉鳴が赤い視線を白夕に流す。
「いえ、貴方たちがこちらにいると知ったので、挨拶がてら立ち寄ったまでです」
朗らかに、にこやかに告げた白夕は、裏の裏、底知れなさを感じさせた。嘘を吐け、と劉鳴は思う。自分たちが隼太を追っていると解った上で来訪したのは明白だ。
「動いただろう」
突然、切り出したさだめの飛躍に、劉鳴もかささぎもついて行きかねた。
「音ノ瀬ことの命。サファイアのネクタイピンが」
コーヒーにミルクと砂糖を入れ、ぐるぐる掻き回してからさだめはぐい、とコーヒーを飲む。劉鳴たちには意味が解らない。ことの命。サファイアのネクタイピンは聖が守護している。それが動いたということは即ち、ことも動いたという事実を指す。十分に快復しての動きだろうか。ことが、聖と共に動いたとなれば、その理由はたった一つ。音ノ瀬隼太の行方を知ったのだ。一瞬の内に目まぐるしく思考して、そう結論付けた劉鳴は、白夕たちを凝視した。言うな、と劉鳴は念じる。今ここで隼太の、ことの居場所を言えばかささぎは追う。劉鳴も追随することになる。劉鳴としてはもう少し、時間を稼ぎたい。不毛であっても、かささぎと隼太が接触するまでの時間を長引かせたいのだ。
白夕は、劉鳴の紅玉から彼の意図を汲んだようだ。ふと微笑する。コーヒーで唇を湿らせて、思わせ振りに沈黙した。
「音ノ瀬隼太はどこにいる?」
かささぎは単刀直入だった。白夕もさだめも答えない。コーヒーの湯気が弱々しく立ち昇る。
「言えよ。姉さんも一緒なのか。無事なのか」
白夕は、細長い指で外套の襟元を意味なく弄った。
「水谷景君」
「は?」
出し抜けに白夕が囁いたので、かささぎが素っ頓狂な声を上げる。
「彼はかたたとらコーポレーション側に戻っています。片桐社長も意外に度量がありますね。サファイアのネクタイピンを狙う積もりのようですよ」
「景君が? どうして?」
「さあ。そこまでは」
きっ、とかささぎが白夕を睨みつけた。
「まだ質問に答えてもらっていない」
「なぜ答えられると思うのです?」
「なぜって、」
「私たちは水谷景君の現状含めた世間話をしに来ただけですよ。情報は他力ではなく自分で探り出しなさい」
あっさりと突き放されて、かささぎは唖然とした。劉鳴が口を開く。
「一つ、確認したいのは、貴方たちの立ち位置です。ことさんの命、ネクタイピンを狙っていますか? 音ノ瀬隼太と我々に関してはどう動く御所存ですか」
「私たちは、一応はまだ、片桐社長の麾下です。音ノ瀬隼太と貴方たちの因縁に関しては、興味深いので静観させていただく、と言ったところですね」
及第点の返答だ、と劉鳴は思う。現時点で、白夕に隼太の居所を言う積もりはない。関与しないと明言したも同然だ。それで良い。かささぎは不満だろうが、劉鳴は満足した。
「よく解りました。景君の件、教えてくれて助かります。帰り道にはお気をつけください」
用は済んだとばかりに、劉鳴は白夕たちをさっさと追い出しにかかる。かささぎは納得の行かない表情だが、ここは抑えてもらう。劉鳴のあからさまな態度に、白夕は微苦笑して、コーヒーご馳走様でしたと言ってさだめを促し、立ち上がった。




