ペーパーナイフのち芙蓉
近づいているな、と劉鳴は思う。音ノ瀬隼太との距離である。確証はなく、勘のようなものが彼にそう告げている。劉鳴とかささぎは、あるホテルに宿泊していた。隼太の居場所の手掛かりが、糸が切れるようにぷつりと途絶え、動きようがない。かささぎは焦れているようだが、劉鳴は素知らぬ顔でそんな彼を見ながら、隼太たちの存在を感じ取っていた。かささぎには言わない。彼と隼太を接触させない方向で動くことは、当初から劉鳴の方針だった。それでも万一の保険が、自分である。音ノ瀬隼太、音ノ瀬大海、白いコート。それらをかささぎが一手に受けるのは無理で無謀だ。自分がついてやるしかない。しかし、戦端が開かれたその時は、ことが厭う血が流れるのだろう。
若者めいたカジュアルスタイルでホテルのベッドにぼす、と仰向けになると、天井の鶯色と薄桃色のクラシカルな幾何学模様が目に入る。かささぎが呆れた一瞥を投げるが、劉鳴は一顧だにしない。
「やる気ある? 劉鳴さん」
「ありますよ。新しいお嫁さんを全力で捜します」
「違うでしょ。音ノ瀬隼太でしょ」
「ついでに全力で捜します」
「誠意がない! 真剣味もない!」
「僕がついているだけで御の字と思いなさいよ。天響奥の韻流の九代目宗主ですよ」
「それは。有難いと思ってるけどさあ」
どうせ自分の無謀をいざとなれば止める為だろうと、かささぎとて解っている。それでも正直なところ、劉鳴がいてくれて心強いのは確かなのだ。室内の冷蔵庫にあったペットボトルの水をごくごくと飲む。それにつけても隼太だ。彼は一体、どこに雲隠れした。風には注意を払っているが、何の知らせもない。あちらはあちらで用心しているのだろう。ペットボトルをクルクルと回して、手慰みに弄ぶ。そんなかささぎを見て、自分と似たり寄ったりではないかと劉鳴は密かに思った。起き上がり、ごく自然な動作でかささぎにふい、とそれを投げる。かささぎはペットボトルの胴でペーパーナイフを受けた。ボトルが破損して、その箇所から水が零れ出る。パタタ、と絨毯が音を立てた。
「何すんの」
「鈍ってないかと確認を」
「物騒だなあ」
普通、常人がペーパーナイフを投げたところで、ペットボトルに命中はしない。凶器ではないのだ。ペーパーナイフは刃を潰してある。それを、劉鳴は鋭利なナイフのように投擲して、見事に的に命中させた。その手腕に舌を巻くかささぎだが、勿体ない、と零れる水を、口を開けて受け止める。
「卑しんぼ」
「勿体ないだろ。ぷは、」
「稽古でもつけましょうか?」
「え?」
「近くに手頃な場所を探すか、それかここでも良いですね。閉所での訓練にもなるでしょう」
実際、劉鳴はその気になりかけていた。かささぎをしごいておくことで、彼を命の危険から遠ざけるに越したことはない。
しかし、そこでチャイムが鳴った。腰を浮かしかけた劉鳴を制して、かささぎが立つ。誰が来たのか、確認して沈黙することしばし。かささぎは劉鳴を振り向き、物問いたそうな視線になった。劉鳴は浅く顎を引くことで後押ししてやる。かささぎがドアを開ける。
生成りの単衣に黒い外套。横には刃物のような殺気を纏うさだめを置いて。
「こんにちは」
酔芙蓉が綻んだ。




