睦言では死を語る
柱時計の音も、釣忍の音色も聴こえない。月桃香の匂いもしない。
他所の家にいるとはそういうことなのだと実感する。食事と皿洗いを終えて、宛がわれた部屋に聖と戻ると、さっさと布団を敷いた。暖房の効いた部屋で、雨露がしのげるのは有難い。楓はもう寝ただろうか。まだ起きて、勉強でもしているだろうか。部屋の中には箪笥の他、何もなかったが、壁には潮騒が聴こえて来そうなポスターが一枚、貼ってあった。だいぶ色褪せている。そんなことを考え、内装を眺めていると、聖から手を引かれた。呆気なく彼の腕に収まる。聖の肌の、どこか懐かしいような柔らかな匂いは昔から変わらず、私を安心させる。
「正直、こと様がここまでされる必要があるのかと思います」
穏やかな口調に、批判の気配はない。純然と私を案じているのだろう。
「私でしか出来ないことがあると、思っている」
聖の腕の中、くぐもった私の声が響く。
「それは真実、そうなのでしょう。貴方は唯一無二のお方ですから」
「かささぎさんも。彼もまた、私にはそうなのです、聖さん。唯一無二なのです」
「承知しています。こと様に、そうした存在が多いことは。ゆえに僕は、不安にもなるのです」
雨が淑やかに降る音が聴こえて来た。降り始めた。日中でなくて良かったと思う。
「死ぬ時は」
声は睦言のように密やかに。
「死ぬ時は一緒が良いです。楓さんが音ノ瀬当主になったら、ふるさとでお暮しになられませんか。二人で、共に時間を過ごしませんか。不自由はさせません。四季に応じて琴も奏しましょう」
「素敵ですね」
聖が語るのは夢のような未来だった。重責から解き放たれて、聖とふるさとの空気の中に住まう。楓には恭司がいる。もしそれでも一緒が良いと言われたら、私の答えは一つではあるが。
「かささぎさんも、共に」
「…………」
私と聖で、かささぎを桃源郷もかくやという世界に閉じ込めて骨抜きにしてしまおう。血生臭い復讐心など、すっかり忘れてしまえるくらいに。聖が微苦笑したのが判った。雨の湿った甘やかな匂いが部屋の中まで侵食している。暖房の緩やかな稼働音が、殊更、静かな時間を生み出していた。聖は玉虫色の単衣きりを着ている。寒くないのだろうか。私を抱えているので、体温で暖を取っているのかもしれない。玉虫色からは微かに樟脳が香る。もしも私が音ノ瀬でなかったなら。聖と普通に夫婦となり、楓を娘として弟であるかささぎと暮らす。そんな贅沢が許されたなら。しかしそれはシャボン玉のように現実逃避の夢想でしかなく、私はどこまでも音ノ瀬でしかない。そうである以上、楓とかささぎと、〝普通の家族〟足り得ることは不可能だった。
聖が私の耳にやんわりとした口づけを落とした。耳が、赤くなったのを悟られはしまいかと、私は一層、聖の腕の中に顔を埋め、そうすると雨の音がそれまでよりも大きく響いたのだった。




