アドレナリン
俊介が息せき切ってやって来た。寒の戻りの昼過ぎ。空を泳ぐ雲は淀んだ色味だが、よく見れば薄くちらほら明るい箇所があった。
「隼太さんの、最近まで滞在していたホテルが判りました」
インクブルーの茶器に入った茶を飲み干して、俊介が一息に告げる。私の胸がざわつく。かささぎの先手を打てば、隼太とかささぎの接触も避けられる。知らず、握った拳に力が入っていた。
「ここです」
俊介が携帯の地図の一箇所を示す。
「でも、もう動いています。今の居場所は残念ながら……」
情報は不十分だ。だが、私はいても立ってもいられなくなった。俊介に礼を言い、撫子たちに留守を任せる。道行を着込む私に倣い、当然のように聖もブルゾンを着ている。俊介の、俺も行きますと言う言葉に、頷いた。
電車とバスを使い、移動する。気が急く。早く、早く。血が流れない内に、どちらかを抑えなければ。電車の車窓から見える蜜柑畑は、そんな私の内心を知らぬように長閑だ。スカートの短い女子高生たちが、ちらちらと私たちを見ている。電車もバスも、暖房がよく効いていて暑いくらいだった。隼太が滞在していたホテルは高級ホテルで、一泊する料金で、民宿に三泊は出来る。しかし、ここから手掛かりの糸はぷつりと途切れている。
「…………」
私はロビーに突っ立ったまま、考え込んだ。隼太と大海の足取りを掴むには。
「俊介さん。このあたりで最近、何か物騒な事件が起きていませんか」
私の意図を察した俊介が携帯を弄る。
「殺傷事件を幾つかピックアップしておきました」
「拝見します」
私は画面をタップしながら一つ一つに目を通した。交通事故、殺人未遂……。どれもピンとこない。ふと、最後に出た犬の不審死、という記事に目が吸い寄せられる。聖と俊介が覗き込む。大型犬。シェパードがある日中に突然死を遂げた。死因は不明。地元の主婦たちは気味悪がり、けれど我先にと情報提供してくれたらしい。通行人がいればやたら吠え掛かる、評判の良くない犬だったようだ。
「気になりますか」
聖に、私は頷く。
「ここからそう遠くないですよ。近くに宿泊施設はないですけど、行ってみましょうか」
俊介の提案にも私は頷いた。ここからはタクシーで動く。運転手は気の好い壮年男性だった。飴は要らないかと訊かれ、きょとんとすると、私の手には濃厚ミルクの飴がぽとりと落とされた。聖と俊介は貰わなかったので、これは女性特権だろうか。目的地が近づくと、俊介がナビをした。
タクシーを降りた私たちを待っていたのは、洋風の、しっかりした邸宅だった。成程、シェパードが似合いそうだ。しかし、そのシェパードはもういない。私はあたりを見渡した。落ち着いた、閑静な住宅街だ。ここまで来たは良いものの、ここから先、どうすれば良いのかが解らない。思い悩む私を横に、俊介が、近くの家の呼び鈴を押したので驚いた。年配の主婦らしき女性が出て来る。
「すみません、このご近所で、最近、新しく引っ越して来られた方はいませんでしょうか」
「なあに、貴方たち。警察?」
女性は不審顔だ。
「いえ、知人を捜しています。男性の二人連れなんですが」
「あらそうなの。あそこ、三軒先のお宅、新しい人が入ったって聴いたわよ。イケメンらしいの。うふふ」
一旦、警戒を解けば口は軽かった。俊介が女性に礼を言って私たちを振り返る。目線で意思を確認し合った。件の家は、和風の中古建てのようだった。聖が呼び鈴を押す。反応がない。聖が粘ると、中から煩いと言う、静かだが低い叱声が聴こえた。隼太だ。彼の声だ。間違いない。私の中で、アドレナリンが一気に分泌された。
不定期ですみません。
アドレナリンが分泌されると眠気が飛びますよね。




