ながら婚活
「お嬢さん。僕のお嫁さんになっていただけませんか」
「え、」
かささぎが劉鳴の頭を思い切りはたく。劉鳴に手を握られた女性はぽかんとしている。久し振りに気持ちよく晴れた青空の下、一体この男は何をやっているのか。
「気にしないでください、一種の病気なんです」
かささぎがへらりと笑って、劉鳴の首根っこを掴みずるずる引き摺って行く。商店街の中、視線が痛い。何かが揚がる良い匂いが漂っている。ピンク色のコートに黒いエナメルバッグを持った女性は、名残惜し気に劉鳴を見ていた。
「何してんの!」
「求婚です」
「あんた、あの人よりずっと年上だろ。犯罪だぞ」
「聖君もことさんと結婚していますが」
「……それはそれだ」
寺町の情報屋で隼太の行方の手掛かりを掴んだ二人は、バスを使い、更に移動していた。この街のホテルのどれかに隼太が宿泊しているだろうという話だ。高級ホテルを当たれ、と助言を受けた。
商店街を抜けてしばらく行くとビジネス街があり、そこには上等なホテルも点在している。しかしフロントに訊いて素直に答えてもらえるものだろうか。いつの間にか揚げたてのコロッケを頬張る劉鳴が、ごくんと嚥下してから告げる。
「僕が訊いてみましょう」
「フロントで?」
「こういう探りは得手でして。コトノハで操作すれば、まあ多分」
「俄然、胡散臭いな」
「酷いですねえ」
劉鳴がコロッケを食べ終えてから、包み紙をゴミ箱に捨てる。烏と野良猫の姿がいくつか遠巻きにそれを見ていた。今日の劉鳴は赤いパーカー、赤い野球帽にジーンズ、ハイカットスニーカーというカジュアルな装いだ。衣装持ちではなく、行く先々の店で買い求めているのだ。二、三着の服を着回しているかささぎとはだいぶ違う。端麗な容貌が大抵の物を似合わせてしまうので、劉鳴はいつも上機嫌で買い物を楽しんでいる。時にかささぎが、本来の目的はどうしたと突っ込みたくなるくらいだ。
庶民的、牧歌的な商店街を抜ける。コンクリートの無味乾燥な道を歩く。生命力の強い雑草がそこかしこに繁茂していた。やがて街並みが変化して、ビジネスマンが多く闊歩する通りに出る。高層ビルが林立していて、中にはホテルも混在する。
「まずあのあたりから始めましょうか」
劉鳴が一件のホテルを指し示し、臆さぬ歩調でどんどん進んで行った。かささぎも慌ててついて行く。
「いらっしゃいませ」
ムースかワックスで頭髪をぴしりと撫でつけた壮年の男性が、劉鳴とかささぎに挨拶する。ロビーは黒を基調とした内装で、優雅なクラシック音楽が流れている。小さな噴水が設えてあり、子供が近寄って歓声を上げていた。
「こちらに音ノ瀬隼太という人が宿泊されていないでしょうか」
ホテルマンの男性の表情は変わらない。
「そういう方は当ホテルにはおられません」
「そうですか」
劉鳴があっさり引き下がる。かささぎを振り返った。
「ここじゃありませんよ、かささぎ君」
劉鳴は、何の論拠もなく断言するのではない。彼は〝聴いた〟のだ。ホテルマンのコトノハの真偽を。かささぎにもそれが解った。かささぎは頷き、劉鳴と共にそのホテルを後にした。このやり方で今日中に、あと何箇所か当たる積もりだ。




