ケセラセラ
六花の雪が舞い遊ぶ早春に、私は久し振りにきちんと着付けをして麒麟を出迎えた。友禅の一筆描きで、縁起物である扇が紅地に浮かんでいる。まだ頭痛はするし、微熱もあるが、悠長なことを言っていられる状況ではない。式神である水草を伴い、うちを訪れた麒麟は、私を見て薄い笑みを浮かべた。
桜茶を出すと、美味しそうに飲む。それから、彼はおもむろに漆黒の座卓の上に地図を広げた。細く長い、しなやかな指が一点を指し示す。
「ここに彼はいると、俺の占いには出た」
麒麟の指し示した場所は、ここから電車で二駅行った先にある寺町だ。
「情報を求めてるみたいだね。後、もう移動するだろうから、追うのなら早いほうが良い。これ以上の精密な仔細までは関知出来ない」
同席していた撫子と芳江の顔を見ると、彼らは力強く頷いた。聖は拠点に構えてもらうほうが、都合が良い。客間から去る撫子と芳江の背中を見送る麒麟に、私は尋ねた。
「お代は如何程でしょうか」
「お友達価格でこのくらいかな」
私の用意した小切手に麒麟が書き込む。想定の範囲内の額である。
「本当は、こうした占術は桜姉さんのほうが得意なんだよ」
故人を現在進行形で語る麒麟に、私は適当な相槌を打てない。麒麟もそれに気づいたようで、ごめんねと謝った。
「景君が出て行ったらしいけど、そちらは良いの?」
摩耶の表情が硬くなる。麒麟は彼女を見ている。
「彼も良い大人だから。戻りたくなったら自分で戻るでしょう」
強いて答えた摩耶の言葉は乾いていて、麒麟はふうんとだけ言った。
「彼がことちゃんたちの腫瘍にならなければ良いけど」
桜茶の残りを飲みながらのんびり付け足す麒麟の口調には、どこか棘がある。
「その予兆でも?」
「俺の勘だよ」
不世出の陰陽師と呼ばれる麒麟にこう言われると、不安になってしまう。摩耶も心細そうな顔だ。
「……追加依頼で、彼の居場所も占っていただけますか?」
「景君はまだこの街にいる。けど、彼の知られまいとする意思がよっぽど強力だからか、それ以上のことは解らない。風に聴くなり、虱潰しに捜すなり、するしかないね」
「良いわ、ことさん」
尚も麒麟を問い質そうとした私を、察した摩耶が止める。
「……私、出掛けて来ます」
摩耶が席を立った。単身でも景を捜す為だろう。
「聖さん、摩耶さんに同行してください。ネクタイピンは私が預かります」
聖は物思う風情だったが頷き、私の差し出した掌にそっとサファイアの光るネクタイピンを置いた。
客間には、私と麒麟と水草しかいなくなった。もーちゃんは縁側に転がっているが、人数にカウントすべきか迷うところだ。
「やっと二人きりになれたね」
「最初からそれを目論んでおられましたね」
「うん」
「何か、言いたいことでも?」
麒麟の双眸が怜悧に煌めく。
「音ノ瀬隼太は恭司君との約束を守らない。彼は音ノ瀬にとって〝凶〟だ。どうあっても血は流れるよ。誰かの血はね」
厳かに言い切った麒麟の顔を、私は凝視した。
「零れない命なんてないんだよ、ことちゃん。この世はケセラセラさ。ことちゃんが強大な力を持ってるのも知っているし、守りたい人間が多いのも知ってる。それでもね。大きな翼を持つ鳥がいつまでも飛翔し続けることは出来ないように、ことちゃんの願いも欠け損じるだろう」




