夢と知りせば
花が咲き綻ぶ夢を見た。
夢の中、私は聖や楓、かささぎらと一緒に笑っている。桜の花はどこまでも和やかで穏やかで私は幸福を噛み締めた。やがて目が覚め、自分の置かれた状況を思い出して、細い嘆息を吐いた。夢と知っていれば覚めなかったものを。
かささぎが劉鳴と共に行方をくらました一報を、隼太は既に掴んでいた。恭司との約束を思い出しつつ、コニャックを飲む。ホテルを移る必要性を思案した。復讐心で動く人間は愚かと断じるのが隼太だ。どうせ、ことの嘆きも振り返らなかったのだろう。いずれはその愚かが身を亡ぼす。海老とアボカドのサラダを食べ、味わいを堪能する。莫迦な男には料理の良し悪しすら解るまい。豪華な内装の部屋を見渡し、ベッドで健やかな寝息を立てる大海に視線を遣る。幸せそうだ。磨理の夢でも見ているのだろうか。まだ花屋敷が焼ける前。磨理が死ぬ前の、庭に花が咲き綻ぶ夢を。ならばずっと眠っていたほうが彼の為なのだろうと思う。隼太は夢に拘泥しない。夢は所詮、夢だ。泡沫の幻。一握の砂。金糸が織り込まれた豪勢なカーテンが細く開いた向こう、物言わぬ夜空が広がっている。
アジールの件は恭司に任せる。しかし、隼太に約束を守る積もりはさらさらない。
隼太にとって、かささぎは音ノ瀬一族の腫瘍だった。その生が、存在が邪魔である。都合の良いことに、かささぎのほうから隼太を目指している。返り討ちにするまでの手間が省ける。死んだほうが良い人間というのはこの世には確かにいて、隼太はそんな風にしか世界を見ることが出来ない。自らの利か不利か。やがて物言わぬ躯となったかささぎを前にした恭司やことに、隼太は止むを得なかったと痛恨の表情を装い語るだろう。死なせまいと努めたが、残念な結果になったと罪悪感を欠片も感じることなく嘘を吐く。コトノハの精度を上げて、如何にもそれらしく聴こえるよう処方して演じ抜いてやろう。フォーゲルフライの計画を遂行する為にも、ことの機嫌はそれなりに取っておかなくてはならない。コニャックを何杯か呷る。酔えば酔う程に思考が冷静に鎮静化するのは隼太の性質だ。
「殺したいのかい」
不意に耳に飛び込んで来た声に驚く。見れば大海がベッドから半身を起こしていた。ごしごしと、子供のように目元を擦っている。くはあ、と欠伸をしてから、またも彼は言った。
「誰か殺したいのかい、隼太」
「……ああ」
「そう」
ゴロン、と再びベッドに転がる。
大海にとっては些末事らしい。
「殺すのは良いけど死ぬんじゃないよ」
「お前はその為にいるんだろうが」
「そうだけどね。僕はまた寝る。磨理がいたんだ。おやすみ」
そのまま、大海は本当に寝入ってしまった。隼太は沈黙してそんな父親の姿を眺めた後、呟いた。
「お前も殺してやったほうが良いんだろうな」
けれどそれが出来ない自分を、隼太は自覚していた。




